1984年7月、映画「キング・オブ・デストロイヤー/コナンPART2(Conan the Destroyer)」が公開された。
この撮影に向け、アーノルドは1日5時間トレーニングし多量のタンパク質を摂り10㎏も増量した。
ターミネーター(The Terminator)
1984年10月26日、映画「ターミネーター(The Terminator)」が公開。
アーノルドの役は、人類軍を指揮するジョン・コナーを事前に抹消するべく2029年から1984年にタイムスリップし、ジョンの母を抹殺するようプログラムされたヒト型潜入掃討アンドロイド。
「サラ・コナー」という名前と「ロサンゼルス」という住所だけを頼りに、電話帳に載っている同姓同名の女性を順番に殺していく。
セリフは全編でで5、6行。
無表情でひたすら任務遂行に突き進んでいくアーノルドの悪役ぶりにファンは惚れた。
革ジャンにサングラス、そして
「「I'll be back」
は大流行した。
シルベスター・スタローン▲ブリジット・ニールセン▲アーノルド・シュワルツェネッガー
1985年5月22日、シルベスター・スタローン主演の映画「ランボー/怒りの脱出(Rambo: First Blood Part II)」が公開。
世界各地で大ヒットし、アメリカでは1億5千万ドルを稼ぎ出し、その年の全米興行収入2位を記録。
しかしラジー賞(毎年、アカデミー賞授賞式の前夜に「最低」の映画を選んで表彰するもの)では、最低作品賞、最低主演男優賞、最低脚本賞、最低主題歌賞の4部門を受賞した。
1985年7月3日、「レッドソニア(Red Sonja)」が公開された。
その撮影は1984年9月からローマで行われた。
主演のブリジット・ニールセンは、17歳のとき180㎝40㎏のキリンのような肉体でモデルデビュー。
モデルとして活躍しながらミュージシャンと結婚し男児を産んだ。
レッドソニアの撮影開始直後、アーノルドはブリジッドに
「共演者以上の関係にはならない」
といったが
自分の魅力に屈しないという男にブリジッドは
「そうはさせないわ」
とアーノルドを誘惑した。
後にアーノルドは昔の恋人、スー・モレーに
「ブリジッドは官能的で人の目を気にせず、とにかくどこでもいつでもセックスしたがる女だ」
と話している。
またマリア・シュライバーが自分の行動を撮スタッフに報告させているとも語った。
ブリジット・ニールセンは「レッドソニア」でラジー賞(毎年、アカデミー賞授賞式の前夜に「最低」の映画を選んで表彰するもの)でワースト主演女優賞とワースト新人賞をノミネートされ、ワースト新人賞を受賞した。
「レッドソニア」撮影終了後、ブリジッドはニューヨークへの移動中にシルベスター・スタローンと一緒になった。
2人は 1985年11月27日に公開された映画「ロッキー4」で共演した後、結婚し、 1986年5月22日に公開された映画「コブラ」でも共演した。
1987年にはブリジット・ニールセンは、エディ・マーフィ主演の映画「ビバリーヒルズ・コップ2」に出演した。
そして同年、スタローンとブリジッドは19ヵ月で離婚した。
理由は浮気だという。
ブリジット・ニールセンは「ビバリーヒルズ・コップ2」の監督:トニー・スコットとの浮気を告白している。
またアーノルドはブリジッドの関係は1985年の1月まで続いたという。
婚約
1985年8月10日、アーノルドとマリア・シュライバーの婚約が発表された。
その直後、マリアは「CBSモーニングニュース」の総司会者となりニューヨークに住み始めた。
そして3時に起きてタクシーで出社し、レポートに目を通し、6時15分にメイク室へ行き、7時にオンエアという毎日を送った。
そして週末はロスアンゼルスに飛んでアーノルドと週末を過ごしたが、以前より会う時間は少なくなった。
コマンドー(Commando
1985年10月4日、映画「コマンドー(Commando)」が公開。
「ターミネーター」では悪役だったアーノルドが、この作品では屈強な正義のヒーローを演じた。
この映画は大成功を収めたが興行的には「ランボー/怒りの脱出(Rambo: First Blood Part II)」に及ばなかった。
(興行収入は「コマンドー(Commando)」が $57,491,000、「ランボー/怒りの脱出(Rambo: First Blood Part II)」が$300,400,432)
8年前にアーノルドとスタローンはゴールデングローブ賞で対面して以来、トップはまだ変わっていなかった。
結婚
1986年4月26日、アーノルドとマリア・シュライバーの結婚式が聖フランシスコザビエル教会で行われた。
披露宴はケネディ家で行われた
そして17時30分、アーノルドとマリアは自家用ジェット機でカリブ海のアンチグア島へハネムーンに出発した。
翌朝9時半にはアーノルドはトレーニングをしていた。
5月12日、アーノルドはカリフォルニアへ、マリアはニューヨークへ帰った。
数ヵ月後のマリアの誕生日にアーノルドはウィーン少年合唱団を自宅に招き、それをプレゼントとした。
ゴリラ(Raw Deal)
1986年6月6日、映画「ゴリラ(Raw Deal)」が公開。
直前の1986年5月22日にはシルベスター・スタローン主演の映画『コブラ』が公開されたが、主演のスタローンとヒロインのブリジット・ニールセンは、本作の製作直前に結婚し、撮影後に離婚した。
プレデター(Predator)
1987年6月12日、映画「プレデター(Predator)」が公開された。
アーノルドは近代的な武装を失いながらも原始的な武器や罠でプレデターに勝利した。
バトルランナー(The Running Man)
1987年11月13日、映画「バトルランナー(The Running Man)」が公開された。
アーノルドが演じるのは、正義感に溢れる警官ベン・リチャーズ。
食料を求めて暴動を起こした一般市民への発砲命令を拒否したため、凶悪犯として強制労働所へ送られる。
そして「ランニング・マン」というゲームに参加させられる。
それは地下に広がる巨大なコースで、ストーカーの襲撃を突破して、3時間の制限時間内にゴールできるかを競うゲームで、ゲームオーバー=死亡だが、無事に脱出できれば無罪放免となり、さらに膨大な賞金を手に入れることができる。
レッドブル(Red Heat)
1988年6月17日、映画「レッドブル(Red Heat)」が公開された。
アーノルドは5㎏の減量を求められた。
撮影は故国のオーストリアで行われたが、このとき撮影中にアーノルドのスタントマンのペニー・ドビンズが心臓発作で急死。
モスクワの赤の広場での撮影はアメリカ映画で初のことだったが、この期間中にゴルバチョフによってソ連のアフガニスタン撤退が発表された。
しかし興行収入はあまりよくなかった。
アーノルドはフライヤーズクラブ(フランク・シナトラを会長にする映画人、芸能人の友好クラブ)で痛烈なギャグを次から次に浴びせられ延々とこき下ろされた。
「皆さんは俺を十分こき下ろしてスッキリされているようだが、ヒアニスポートではそんなもんじゃない。
俺が共和党だとわかったときのケネディー家のいいがかりはひどかった。
今夜は皆さん、俺の名前、訛、ケネディーとのことをせいぜいこき下ろしてくれ。
どんなひどいことをいっても蹴飛ばさないからご安心を」
マリアはCBSテレビから、NBCテレビへ移籍。
年俸47万5000ドルといわれるニュースキャスターの地位を得た。
ツインズ(Twins)
1988年12月9日、映画「ツインズ(Twins)」が公開された。
これまで描かれなかった優しくて弱点もあるアーノルドはウケた。
1989年1月、ジョージ・ブッシュが第41代大統領に就任したが、選挙戦でアーノルドは、ジョージ・ブッシュには資金でも演説でも支援した。
そのため共和党は「コナン・ザ・リバブリカン(Remde222_prd.n、共和党)」といわれた。
当選後、ブッシュ大統領はアーノルドを保健体育評議会の会長に任命した。
アーノルドクラシック
1989年3月11日、アーノルドが主催する「アーノルドクラシック」が初めて開催され、ボディビル史上最高の賞金が授与された。
その後、「アーノルドクラシック」は、アメリカの他にもオーストラリア、南米アメリカ、アフリカ、アジア、ヨーロッパなど全世界で開催された。
ダンス&フィットネス、柔道、アーチェリー、フェンシング、
ストレングススポーツ:アームレスリング、ボクシング、空手、テコンドーなどのスポーツ競技やキッズイベント、運動についてのセミナーも行われるがメインはボディビル。
Mr.オリンピアと並ぶボディビルの最高峰の大会で、「アーノルドクラシック」で勝った選手は
名実ともに世界のトップクラスに入ることができる。
1989年12月13日、アーノルドとマリアの子供、キャサリン・ユーニス・シュワルツェネッガーが生まれた。
この年の芸能界長者番付予想で、アーノルドは前年より600万ドル上がって3500万ドルで6位だった。
(シルベスター・スタローンは3800万ドルで5位)
アーノルドの日常は、相変わらずトレーニング、映画出演、宣伝キャンペーンの繰り返しだが、不動産投資などから財産は日ごとに増大した。
早朝トレーニングは欠かさない。
その後は仲間と朝食に行くが、それは卵3個分のスクランブルエッグ、トマト、タマネギ、イングリッシュマフィン、コーヒーというメニューである。
自宅でパーティーをするときは店に注文するが、アーノルドがステーキを焼いたりすることもある。
皿洗いなどの後片付けも自分でやるという。
トータル・リコール(Total Recall)
1990年6月1日、映画「トータル・リコール(Total Recall)」が公開。
2084年。火星の夢にとりつかれた1人の技師が、夢による疑似体験を受けようとした事から何者かに命を狙われ始める。
今の記憶が植えつけられたものである事を知った彼は本当の自分を探すため火星へ飛び立つ。
キンダガートン・コップ(Kindergarten Cop)
1990年12月21日、映画「キンダガートン・コップ(Kindergarten Cop)」公開。
ロス警察きっての凄腕刑事ジョン・キンブルは組織の情報を握ったまま逃亡したボスの妻が潜伏しているボストン郊外の閑静な住宅地に赴く。
そこにボスの息子が一緒に来ていることを聞きつけたキンブルは、近くの幼稚園に相棒の女性警官を潜入させ、妻子への接近を狙う。
が、その相棒が突然病気になってしまい、キンブル自ら先生になりすましての潜入捜査を余儀なくされる。
この年、アーノルドは、キグリー・パブリッシング(アメリカの調査会社)が毎年発表する「マネーメイキングスター・トップ10」で1位となる。
