今回は、こちらの書籍を参考にさせていただきました。
多くの「集団就職」の方の半生をまとめた本。
「集団」という言葉がついていようとも、それぞれ個々人の人生はまったく違ったものであり、いろいろなケースがあります。
この本には、多くの人が登場します。
今回の記事では、その1人をご紹介します。
集団就職とは。
現代における「集団就職」という言葉は、日本の高度経済成長期に盛んに行われた、農村から都市部への大規模な就職運動のことをさす場合がほとんどです。
工場生産システムが大量生産の時代に入り、多くの労働力を必要としていた企業側と、ベビーブームにより一家の子供の数が多く、経済的な事情で全員を高校に進学させることのできない地方の家庭が、子供の経済的自立のために、学校、地域規模で都市部の工業地帯に集団で住み込みなどで就職した現象を表します。
特に井沢八郎の「ああ上野駅」の歌に象徴されるように、集団就職専用の列車を運行し、中学を卒業したばかりの子供たちが一斉に移動したさまが印象に残っていることが多いようです。
文字で書くとこうまとめられますが、現代の若者とはかけ離れた青春時代を送った人々の、それぞれのドラマがつまっています。
ある「市議会議員」さんの半生。

議会(イメージ)。
会議のイラスト(男女) | かわいいフリー素材集 いらすとや
岐阜県の多治見市は、日本一暑い街の一つと言われています。
今は大都市名古屋のベッドタウンの役割も担っているこの街は、「美濃焼」という焼き物の産地でもあります。
「美濃焼」というと何か高級なお皿や壺を作っているイメージがありますが、焼き物の里の高度経済成長期の役割は、急増する建築需要の中の、タイルなど建築材を作るものが多く、当時はまさに作っても作ってもきりがない、という状況がうがかえます。
そこに集団就職をし、今は市議会議員を務めている古庄修一さんという方の半生です。
古庄 修一(多治見市議会議員選挙 )|政治・選挙プラットフォーム【政治山】
中学を卒業して、多治見市の陶器工場に集団就職。
初任給を強盗に奪われる。
古庄さんは、昭和37年に熊本県白水村から多治見市に集団就職をします。
この方の職業人生は、過酷な出来事から始まります。
初任給12000円を持った帰り道、強盗に遭い、せっかくの初任給をすべて奪われてしまいます。

初任給をすべて強盗に奪われる(イメージ。)
銀行強盗のイラスト | かわいいフリー素材集 いらすとや
集団就職者に対する都会人の差別意識。
多治見市は岐阜県であり、関東に就職する人の多い東北地方の人よりも、地理的に近い九州からの方が多かったようです。
都会では学歴社会が進み始め、中学校卒業から就職するよりも、進学する人のほうが増えてくる状況にありました。
その中で、都市部の人たちは、「中学しか出ていなくて教養もない、貧乏人の子供が!」と、差別をしていたようです。
先ほど強盗にあったという古庄さんも、れっきとした犯罪被害者なのに、警察にも事件として取り上げてもらえさえしなかったそうです。
これも差別意識だったのではないかと推測されます。
現代では、外国からの労働者の方も、こういう差別にあっているのではないでしょうか。
剣道の達人だった古庄さん。

中学で初段取得。県で3人しかいない快挙。しかし・・・。
剣道のイラスト「面!」 | かわいいフリー素材集 いらすとや
しかし古庄さんは5人兄弟の4番目。そして小学校の時には大水害で家が流されてしまい、無一文状態になります。
中学で剣道を極めた古庄さんは、高校でさらに剣道を極めたいという希望がありましたが、高校に行くようなお金は家庭にはありませんでした。
リンゴの箱を机代わりに勉強をしようものなら、親から、「勉強などしているひまがあったら薪を集めて風呂を炊け!」と言われたそうです。
過酷な労働と九州差別。

茶碗も重なると重い!。
お茶碗のイラスト | かわいいフリー素材集 いらすとや
中学校を卒業してすぐということは15歳。しかし窯の中でやる仕事は過酷を極め、働きながら勉学をしようと思っていた古庄少年の夢は、疲労困憊でそれどころではなくなります。
また、九州弁もバカにされ、1人の九州出身の人が多治見で事件を起こしただけで、「九州人は乱暴だから結婚するな。」と言われてしまいます。
あまりの仕打ちに、半年後に古庄さんは会社を辞め、一旦郷里に帰ります。
「今ある仕事に全力投球すると道は開ける。」という強い信念。
半年後、古庄さんは再び中京地区に職を求めます。
しかし、過酷な労働は変わりません。また、転職しようにも、募集要件には「高卒以上」という制限が立ちはだかり、思うような仕事へのスタートラインにさえ立てませんでした。
絶望の限りを尽くした古庄さんは、やがて立ち上がります。
「頑張っていれば、きっと誰かが見ている。」と信じ、負けん気が生まれ、彼の人生が変わり始めます。というより、変え始めます。

絶望のどん底まで落ちた人間にしか見えない、一筋の光明。
初日の出のイラスト | かわいいフリー素材集 いらすとや
営業マンへ転身。
ひそかに文章の修行もし、「勤労青少年作文」に作文を投稿し、昭和45年に岐阜県主催の「勤労青少年作文募集」で一等となり、以後、積極的に自分の思いを文章に託していきます。
いろいろな賞を獲得したものの、本業の仕事は高度経済成長期の終焉とともに、会社が倒産、彼は畑違いの営業マンになります。
これが彼の水に合って、いろいろなことが動き始めます。
33歳で結婚式場「高砂殿」の支配人となります。彼に、人生の目標が出来たのです。その目標は、「自分は人の世話がしたいのだ。」という目標。
それが、おそらく今の「議員」という非常に責任ある仕事を選挙で選んでもらっているという人生につながっているのだと思います。
64歳で初出馬。

自分の訴えを届けるための選挙。
選挙カー(街宣車)と立候補者のイラスト | かわいいフリー素材集 いらすとや
何の組織票もない古庄さんは、それでも意志を貫き、出馬を決めます。
結果は下から3番目での当選。
その下地は、若い頃から文章というかたちで、自分の考えを鍛え、発表し続けることで、地元の人に考えを知ってもらい、おそらくその方々からいろいろな助言を受けるうちに、自分の目標を定めることができたのでしょう。
古庄さんの信念。
古庄さんは著者からのインタビューに、こう答えています。
「どんな時でも手を抜かない、一生懸命やる、ぼさっとした日を持たずに時間を惜しまないことですね。」
「常に今が出発」という言葉が原点であると言っています。
まとめとして。
「集団就職」は、正直、今の「ブラック企業」のようなところが非常に多かったように、この本を読むと思います。
都会の人は進学して学歴が高く給料も高いから、地方都市の、食い扶持を減らすために家から半分追い出されざるを得なかった人間の弱みに付け込み、安い賃金で過酷に働かせる、という企業も、すべてではありませんが、少なからずあったのではないかと、推測されます。
(すべてではない、という点は強調しておきます。従業員の幸せを第一に考えている企業の多さもこの本では紹介されています。)

挫折が人生の光明を生むことも。
挫折のイラスト | かわいいフリー素材集 いらすとや
今回、ご紹介した古庄さんの人生で最も大きな出来事は2つあると思います。
小学校の時に、家が大災害で流され、無一文になったこと。
そして、よりによって初任給を強盗にすべて奪われたこと。
その他にもいろいろあったとは思いますが、この究極の絶望を15歳までに2度も味わったこと。
そしてそれに耐えたこと。
それが、古庄さんが議員として当選するまでになった原動力になったのだと思います。
仮に家が流されなければ、望み通りの、もしかしから裕福な人生になっていたかもしれません。
しかし、金銭的に裕福な人生と、精神的に裕福な人生とは違います。
精神的な本当の幸福とは、「真の絶望」を味わった人にしかわからないものなのかもしれません。
そういう人生は、マニュアルには一切ない。
仮に1万2000円の初任給のうち1000円だけ取られたとしたら、絶望の度合いも違ったでしょう。
すべて失ったことにより、きれいごとですが、違うものを古庄さんは得たのかもしれません。

水は地球上で常に姿を変えます。
水の循環のイラスト | かわいいフリー素材集 いらすとや
勝手な例えですが、古庄さんが失ったものは、池にたまったり川に流れる水のようなものなのかもしれません。
災害や犯罪により、その水はすべて蒸発してしまいました。
しかし、水は消滅したのではなく、水蒸気になっています。
その水は、循環し、いつか雨となって戻ってきます。
その「恵みの雨」を、うまくつかむことができた、できるように不屈の精神で努力したのが、古庄さんなのではないでしょうか。
ビジネスの教訓として。
「カネは天下の廻りモノ」と言います。
お金を貯め込むことは一見いいことですが、お金を動かさないと、溜池にある水のように、だんだん水の質は悪くなることもあると思います。
お金が出ていくことは、いろいろな理由により止めることが出来ません。
しかし、蒸発してしまった水はどこかに再び降り注ぎます。
その降り注ぐ「天からの恵み」をいかにして受け取るか、そちらの方がむしろお金持ちになるためには重要なのかもしれません。
折しも、従業員が働いて得た利益を、従業員に還元せず、現金を貯め込み設備投資もしない企業が多いことが、今問題になりつつあります。
今回、古庄さんについての本を読み、そのように思いました。

蒸気機関車の煙にまみれて故郷を離れる若者たちの人生を著した本。
蒸気機関車・汽車のイラスト | かわいいフリー素材集 いらすとや
今回ご紹介した書籍「集団就職」は、古庄さんだけでなく、実に様々な人々の集団就職人生が書いてある本です。
是非一度、ご覧いただくことをお勧めします。