控室に戻って、機関銃のごとくに急いで着替え。
そのままバタバタとホールへ。
3階席のはじっこなら空いているから、最後まで見て行っていいですよと
NHK様からありがたいお言葉。
当時はそういう意味ではゆるかったのかもね。
今は観覧希望もものすごい倍率で、絶対に空いていないっぽいし。
着替え終わって3階に行った時は、
ちょうど西田敏行の「もしもピアノが弾けたなら」が始まるところでした。
西田敏行はラベンダー色のサテンの燕尾服にシルクハットで
えらいキザな格好でピアノ弾いてた(笑
レコ大を取った「ルビーの指輪」が聞けなかったのは残念だけど
3組分のロスだけでホールに来られたことはラッキーでした。
大トリ、審査、それから蛍の光
大トリの演出でやられた
この年の大トリは
紅組が森昌子「哀しみ本線日本海」
和服で出るのかと思ったら、デコルテ部分に大きなフリルのロングドレスで
うわーすてきと思いました。
でも問題は白組大トリ。
羽織袴でピシッと決めた北島三郎「風雪ながれ旅」。
言わずと知れた「キタサンブラック」のオーナー様です(笑
サブちゃんが「アイヤー アイヤー」と歌うだけでもすごいのに
あの紙吹雪の大あらしですよ。
客席の前の方の人にも紙吹雪が襲いかかっていて
たぶんステージは見えなかったんじゃないかな。
1981年第32回紅白は
「北島三郎大トリステージの猛吹雪で、サブちゃんの鼻や口にも紙が」
というイメージですべて持っていかれました。
紅組司会の黒柳さんは
「最後に雪で真っ白になって、あぁ白組にやられたなと思いました」
と言っていたそうですし
北島三郎のステージは以降常に紙吹雪が降るようになるという
きっかけの年でもあったわけです。
審査 この年からカチカチカチカチ
客席で観客が
パンフレットの赤い側か白い側のどちらかをかかげて
審査に参加する、というのは、この回からでした。
日本野鳥の会の方々が舞台に上がり、双眼鏡とカウンターでカチカチ数えて
客席での審査票を取りました。
我々は正規での入場者ではないので(笑
パンフレットはもらってません。
なので審査には参加できず。
白組優勝 優勝旗授与 蛍の光
もうあのサブちゃんのステージで
全部もってかれたこの年の紅白。
サブちゃんの大トリが終わった後
「ゆく年くる年」が始まるまでの動画がありましたよ。
TVでは23:45に画面が切り替わって
「ゆく年くる年」になります。
ゆく年くる年で聞く「除夜の鐘」 - Middle Edge(ミドルエッジ)
だけどNHKホールではお祭り騒ぎ続行中。
白組のみなさんは客席から舞台上に戻り
優勝旗を持った司会者やサブちゃんを先頭に
全員で「ジェンカ」踊ってました。
それが面白くって客席のお客さんも我々もなかなか帰れず、ずっと見てました(笑
宴のあとは
NHKホールを出たのは0時半ごろ。
今回参加のミーハー数人で
終夜営業しているパブであけおめの乾杯をして帰りました。
あんだけ拘束されていくらもらったかというと
出演料は所属サークルに行ってしまって
個々には雀の涙ほどももらえなかったというオチです。
でもまあ
貴重な体験をさせていただけて、面白かったですよ。
今回、30数年前の記憶をたよりに書きましたが
記憶違いのことも多々あると思います。
もしその場でご一緒していた方がいらして
「いや違う、こうだった」という点がございましたら
ぜひぜひコメントにてお知らせくださいませ。
