中内功はただの〝癖のある創業者〟ではなかった。
自らの信念を、店と消費者と提供者ひいては世間全体に通じる《理念》へと昇華できる創業者だったのである。
だが信念も理念も、無敵万能を誇っているわけではない。
2001年。様々な痛手を追い、中内功はついにダイエーから退任する。問題が山積みになっていた最後の株主総会は荒れに荒れ、中内は謝罪したのち、責任を負う形でひっそりと降壇するという一幕もあった。
中内功の功罪は、どちらのほうが重かったのか?
こと経営についてこの問題を語ることは至難である。
経営者は常に大なる功績を背負い、大なる損失を背負っている。偉大な事業であればあるほど、それが失敗した時の損失は計り知れない。
しかし、ダイエーを文字通り一から起こし、1兆という破格の売上をあげ、経団連副会長までつとめた男の最後がこれではあまりにもさみしすぎるということを感じたのは、どうやらその場にもいたらしい。
中内は株主の呼びかけにより再度登壇。
拍手のなかで送ってあげようという声が上がり、一度あがった満場の拍手は鳴りやまないものであったという。
これもまた、らしいと言えばらしい逸話である。
2代目ダイエーロゴ
ダイエー - Wikipedia