「世界のミフネ」と寅さんの豪華共演作!
国民的映画ともいわれた「男はつらいよ」シリーズにあの「世界のミフネ」が登場! 日本を代表する昭和の2大スターの共演は、話題になった。
また、「子連れ狼」萬屋錦之介との約20年もの結婚生活に終止符を打ち、女優復帰した淡路恵子の出演も話題に。劇中の三船と淡路のラブロマンスはある意味、見ものでもある。

第38作 男はつらいよ 知床慕情
第38作 男はつらいよ 知床慕情|松竹映画『男はつらいよ』公式サイト
「寅さんの夢」から始まらない新鮮なオープニング!
「さまざまな こと思い出す 桜かな」
琴の音と寅さんのそんな一句から始まる本作。シリーズ恒例の「寅さんの夢」からの始まりではない。それがある意味、新鮮だ。全48作のうち、「寅さんの夢」が冒頭にないのは15作品。そのうちの一つである。
花見客で賑わう川沿いの満開の桜。そんな風景の中、寅さんが思い出を語る。
「満開の桜を眺めておりますと、わたくしのような愚か者でも、さまざまなことを思い出します。思い起こせば、親父と大喧嘩をした16の春。これが見納めかと、涙をこぼしながら歩いた江戸川の土手は一面の桜吹雪でございました。今では一本も残っておりませんが、わたくしがガキの時分、江戸川堤は桜の名所だったのでございます。毎年春になると、両親に連れられ、妹さくらの手を引いて、花見見物に出かける時のあのワクワクする楽しい気持ちを今でもまざまざと思い出します。あっ、申し遅れました。わたくしの故郷と申しますのは東京は葛飾柴又、江戸川のほとりにございます」
ここで、あの主題歌だ! 「寅さんの夢」から始まらないこんなオープニングもじつに味がある。
ちなみに、現在の江戸川堤は河津桜が植えられているようで、寅さんの子供のころのような桜が見られるらしいが……。

日本最高のロードムービー「男はつらいよ」シリーズ
間違いなく、日本最高のロードムービーといっていい。各地の郷愁を誘う風景を観ながら、僕らは寅さんと一緒に旅をする。そして、一緒に柴又に帰ってくるのだ。
ちなみに、ロードームービーといえば、主人公の成長や再生の物語というのが一般的だ。しかし、寅さんはたぶん成長はしていない。自分を顧みることはほとんどないし、ずっとあのままだ。それこそが僕らの寅さんなのだが・・・。
再生という意味では失恋から立ち直るという部分が少しあてはまるかもしれないが、それだけだ。なんとも異色のロードームービーと言えるかもしれない。
寅さんは、1969年の第1作目で京都、奈良を訪れてから、1995年の第48作目の鹿児島、岡山、兵庫まで、それこそ、北は北海道から南は沖縄まで44都道府県を旅してきた。ほぼ全国で行われたロケだが、埼玉、富山、高知では行っていない。
ただし、寅さんが実際に訪れた場所とロケ地が異なっている作品もある。第24作目『男はつらいよ 寅次郎春の夢』ではアメリカのアリゾナ・ロケを敢行。渥美清も参加したものの本編では使われていない(特報のみで使用)。
なお、ロケ地詳細については、以下のサイトで確認できる。
ロケーション一覧|松竹映画『男はつらいよ』公式サイト
ちなみに、ロケ地の県別ベスト3は以下の通り!
やはり、北海道、長崎という北と南の観光地が強かった。
▶1位 北海道

▶2位 長崎

▶3位 静岡/長野
寅さん第38作目『男はつらいよ 知床慕情』・・・
本作の舞台は、北海道知床。
寅さんは、その地で、まさに武骨という言葉そのままの老獣医、上野と出会う。ヒッチハイクで上野の車に乗り込み、意気投合した寅さんは、上野の家にしばらく居候となる。妻を亡くした上野は近所のスナックのママ、悦子になにやら面倒を見てもらっていた。
そんな折、上野の一人娘、りん子が東京から帰ってくる。結婚に失敗したりん子に例によって一目ぼれの寅さん。しばらくの間、楽しく過ごすが、頑固で不器用な上野とりん子は、寅さんなしでは、つい喧嘩してしまい、なかなか普通にコミュニケーションがとれないのだった……。



<キャスト&スタッフ>
車寅次郎…渥美清
諏訪さくら…倍賞千恵子
りん子…竹下景子
車竜造(おいちゃん)…下條正巳
車つね(おばちゃん)…三崎千恵子
諏訪博…前田吟
桂梅太郎(社長)…太宰久雄
源公…佐藤蛾次郎
諏訪満男…吉岡秀隆
あけみ…美保純
アパートの大家…笹野高史
御前様…笠智衆
悦子…淡路恵子
上野順吉…三船敏郎
監督…山田洋次
脚本…山田洋次、朝間義隆
プロデューサー…島津清、深澤宏
音楽…山本直純
日本を代表する名優、三船敏郎の出演が話題に!
なんといってもこの映画の見どころは日本映画界を代表する三船敏郎の出演だ。三船敏郎の世界的評価は、黒沢明監督同様、凄まじいものがある。世界中の監督、俳優、映画関係者がリスペクトしているのだ。日本の映画関係者はヨーロッパでの評価が高い傾向にあるが、黒沢、三船コンビはヨーロッパはもちろん、映画大国であるアメリカ、ハリウッドでの評価もすごぶる高いのだ。



世界の映画祭での活躍を確認。。。
◆ヴェネツィア、ベルリン、カンヌ
1951年『羅生門』 (黒澤明)ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞受賞
1952年『西鶴一代女』(溝口健二)ヴェネツィア国際映画祭国際賞受賞
1954年『七人の侍』(黒澤明)ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞受賞
1955年『生きものの記録』(黒澤明)カンヌ国際映画祭コンペティション(パルム・ドールノミネート)
1957年『蜘蛛巣城』(黒澤明)ヴェネツィア国際映画祭コンペティション(金獅子賞ノミネート)
1958年『隠し砦の三悪人』(黒澤明)ベルリン国際映画祭監督賞受賞・国際批評家連盟賞受賞
1958年『無法松の一生』(稲垣浩)ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞受賞
1960年『悪い奴ほどよく眠る』(黒澤明)ベルリン国際映画祭コンペティション(金熊賞ノミネート)
1961年『用心棒』(黒澤明)ヴェネツィア国際映画祭主演男優賞受賞
1963年『天国と地獄』(黒澤明)ヴェネツィア国際映画祭コンペティション(金獅子賞ノミネート)
1965年『赤ひげ』(黒澤明)ヴェネツィア国際映画祭主演男優賞受賞・サン・ジョルジオ賞受賞・イタリア産業賞受賞・国際カトリック事務局賞受賞
1989年『千利休・本覚坊遺文』(熊井啓)ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞受賞
1994年『ピクチャーブライド』(カヨ・マタノ・ハッタ)カンヌ国際映画祭コンペティション(パルム・ドールノミネート)
◆英国アカデミー賞、米国アカデミー賞
1951年『羅生門』(黒澤明)米国アカデミー賞名誉賞(外国語映画賞)受賞・美術賞ノミネート
1954年『七人の侍』(黒澤明)英国アカデミー賞主演男優賞ノミネート、米国アカデミー賞美術賞ノミネート・衣装デザイン賞ノミネート
1954年『宮本武蔵』(稲垣浩)米国アカデミー賞名誉賞(外国語映画賞)受賞
1961年『用心棒』(黒澤明)米国アカデミー賞作曲賞ノミネート・衣装デザイン賞ノミネート
1961年『価値ある男』(イスマエル・ロドリゲス)米国アカデミー賞外国語映画賞ノミネート
1967年『グラン・プリ』(ジョン・フランケンハイマー)米国アカデミー賞編集賞受賞・音響賞受賞・音響効果編集賞受賞
マドンナ役には、とにかく可愛い竹下恵子が!
竹下景子は、「男はつらいよ」シリーズ3作でマドンナ役を務めた。本作「男はつらいよ 知床慕情」当時は34歳。知性的な美しさが際立っている。ショートカットがよく似合う。
ほかに、1983年の第32作目「男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎」、1989年の第41作目「男はつらいよ 寅次郎心の旅路」に出演している。



「クイズダービー」では「三択の女王」と呼ばれ、知性も光っていた

あまり褒められた感じではなかった(?)歌手活動

1987年はこんな年だった。
日本は、まさにバブル期真っ只中だった!
・地価の異常高騰、財テクブーム
・利根川進博士、ノーベル医学・生理学賞受賞
・サラダ記念日現象
・俳優・石原裕次郎が死去
・マイケル・ジャクソンが後楽園球場で来日コンサート
・安田生命がゴッホの「ひまわり」を53億円で購入
・国鉄が分割・民営化され、JRグループ7社が発足
・日本の外貨準備高が西ドイツ抜き世界一へ
・銀座で1坪1億円を突破
続いて邦楽ヒット曲。まさか! 瀬川瑛子が1位だったのか!!
1位 命くれない 瀬川瑛子 42.3万
2位 TANGO NOIR 中森明菜 34.8万
3位 雪國 吉幾三 33.7万
4位 STAR LIGHT 光GENJI 31.8万
5位 Strawberry Time 松田聖子 31.7万
6位 難破船 中森明菜 30.5万
7位 Blonde 中森明菜 30.1万
8位 無錫旅情 尾形大作 29.7万
9位 追憶 五木ひろし 28.2万
10位 君だけに 少年隊 28.1万
ベストテンに3曲、中森明菜が強い。ということで「難破船」をどうぞ。
そして、邦画ランキング。寅さんがしっかり2作品入ってます。
1位 ハチ公物語 19.5億円
2位 ドラえもん のび太と竜の騎士 15.0億円
2位 竹取物語 15.0億円
4位 男はつらいよ 知床慕情 12.7億円
5位 マルサの女 12.5億円
5位 次郎物語 12.5億円
7位 男はつらいよ 幸福の青い鳥 10.3億円
8位 ビー・バップ・ハイスクール 高校与太郎行進曲 10.1億円
9位 紳士同盟 9.5億円
9位 恋する女たち 9.5億円
ちなみに、洋画のベスト3は、『トップガン』『アンタッチャブル』『プラトーン』。トム・クルーズが世界を制した年だった。