1998年のフランスワールドカップに、前大会王者として臨んだブラジル代表。
そのチームでレギュラーとして、7試合全てに出場した。しかし、決勝ではジダン擁する地元フランスの前に力なく0-3の完封負けを喫した。
また、グループリーグのモロッコ戦ではレオナルドのシュートがネットを揺らしたが、オフサイドの判定によりゴールは認められなかった。
レオナルドは、2002年の日韓ワールドカップ予選を最後にブラジル代表を退いた。
代表通算60試合出場で8得点という記録を残した。
”超”親日家のレオナルド
1996年、パリ・サンジェルマンFCから移籍のオファーが来た際、ジーコに鹿島アントラーズを離れ難い心境を伝えたところ、ジーコはレオナルドの将来を考え移籍を勧めたという。
しかし、ヨーロッパ移籍以降も日本への愛は変わらず、2005年頃には右腕に日本語で「全てに感動を」というタトゥーを入れ、「これで本当に日本とつながっている気がする」と語っている。
また、2011年東北地方太平洋沖地震時には、当時セリエAで監督を務めていたレオナルドが、下記のような激励のメッセージを、遠いイタリアの地から日本に向けて送っている。
引退後のレオナルド
2015年に来日したレオナルド
Jリーグ黎明期、後に常勝軍団となる鹿島アントラーズで華麗なプレイを披露したレオナルド。
2016年末に行われた「FIFAクラブワールドカップ」に、開催国枠で鹿島アントラーズが出場。なんと決勝まで勝ち上がり、スペインの超名門レアルマドリードと対戦した。
鹿島アントラーズは一時リードを奪うなど世界の強豪を相手に善戦。
その際、レオナルドは自身のツイッターで「みんなはすでに歴史を書き換えました!その偉業の一部に自分が関われたことに誇りを感じます。おめでとう(ポルトガル語)」と健闘を称えていた。
また、鹿島アントラーズも公式アカウントで「オブリガード、レオ!私たちは進みます。チャレンジは続く!」と感謝を伝えていた。
日本を離れて20年以上が経つのに、心遣いがありがたい!オブリガード!レオ!!
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