ラツィオ時代
「ベロンとクレスポDVD ~98/99パルマ、99/00ラツィオ他」
プレミアリーグにイングランド史上最高額で移籍!!
2001年7月、イングランド・プレミアリーグの世界的なビッグクラブ、マンチェスター・ユナイテッドへ移籍。移籍金はイングランド史上最高の2810万ポンド(約50億円)であったと言われている。
しかし、この移籍は必ずしも成功とは言い難く、怪我や異国でのプレースタイルの違いもあったのか、セリエAでのような活躍ができなかった。
2002-03シーズン、プレミアリーグで優勝したが、本来の実力は発揮できなかった。
ベロンは「私はフットボールの面での順応に手を焼いたし、1シーズンにおける試合数の多さにも苦しんだ。試合中は常に激しくて、戦術的で守備的なイタリアとは大違いだったよ。イングランドはオープンで、ボールを奪って縦に仕掛ける。よりフィジカル的だったね」と述べている。
マンチェスター・ユナイテッド時代
2003年には同リーグで大型補強も当時大きな話題となったチェルシーに移籍。ここで三度クレスポとチームメイトとなった。
ここでも怪我に悩まされるが、2004年にはペレが選ぶFIFA 100(偉大なサッカー選手100人)に選出されている。
以降は、2006年6月、プロサッカー選手としてのキャリアをスタートしたエストゥディアンテス・デ・ラ・プラタに復帰。
33歳ながら、2008年に南米年間最優秀選手賞を獲得する活躍を見せた。また、FIFAクラブワールドカップ2009にも出場し、決勝で欧州代表のFCバルセロナに敗れて準優勝だったが、この年には2年連続の南米年間最優秀選手賞に輝いている。
この大会後に世界各国からオファーが舞い込み、破格のオファーもあったが、ベロンは全て断り、チームへの愛情を示した。
2011年10月7日に引退。しかし、その後、復帰を繰り返し、2016年末には3度目の現役復帰との報道もなされた。チームはエストゥディアンテス・デ・ラ・プラタで、正式に選手契約を結んだという。
ちなみに2014年からチームの会長に就任している。
近年のベロン。若い頃から髪型が変わっていない!
ベロンのキックの精度の高さが分かる動画
ベロンはピッチに”君臨する”という雰囲気を常に漂わせていた選手だった。
彼に集められたボールが緩急織り交ぜながら、ピッチ上を縦横無尽に展開された。
また、マラドーナがアルゼンチン代表を去った後の、次世代のスター選手でもあった。
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