【料理の鉄人】料理番組の金字塔!道場六三郎の技にシビレ、鹿賀丈史のパフォーマンスや岸朝子のコメントが番組を彩りました。

【料理の鉄人】料理番組の金字塔!道場六三郎の技にシビレ、鹿賀丈史のパフォーマンスや岸朝子のコメントが番組を彩りました。

1990年代に放送された伝説の料理番組「料理の鉄人」。和洋中の鉄人が数多くの挑戦者と制限時間内に料理で戦う番組は、日本のみならず海外でも高く評価されました。人気の鉄人だった道場六三郎や陳建一が生み出す料理や、一方の神田川俊郎や周富徳などの実力者たちが挑戦者として腕を振るい創り上げる料理、美食アカデミー主宰、鹿賀丈史の「私の記憶が確かならば…」や審査員の岸朝子「たいへんおいしゅうございました」がお茶の間を大いに賑わせました。


渋谷「ラ・ロシェル」オーナーシェフ。石鍋とは旧知の間柄で、石鍋と同じく「クラブ・デトラント」のメンバー。番組では「フランス料理界のドラクロワ」と称されている。 コスチューム(コックコート)カラーは赤、登場時は手に洋梨を持つ。 鉄人デビューは1994年2月。KIHACHIの熊谷喜八シェフの推薦によって出演することになる。当初は4月で番組が終わると聞いていて、2~3回の出演だろうと思っていたという。 後述の道場・陳とともに番組を長く支えた鉄人のひとりでもある。番組の全期間を通して安定した成績を残した。 テーマ食材にフランス料理によく使われるオマールがくると3連敗を喫したこともあったために、スタッフからは「負け犬オマール」や「そんなにオマールに弱いの?」と言われ悔しかった時期があったという。しかし、オマール以外の魚介類の対決では圧倒的な強さを見せ、「フィッシュ坂井」の異名もあった。 番組初期では「1時間という時間ではちゃんとした料理を作ろうとすれば3品が限界」と語り、3品しか作っていなかったが、後期では考え方を改め、4~5品作るようになっていった。 デザートによくテーマ食材に因んだシャーベットやアイスを作っていたが失敗する事の方が多かった。 番組出演中でも常に勉強の姿勢を忘れず、挑戦者サイドの試食後の皿を味見したり、相手方の助手に味付けを尋ねたりすることもあったという。

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料理の鉄人 - Wikipedia

歴代の鉄人「中華」

「甦るがいい、アイアンシェフ!!」

陳建一

赤坂「四川飯店」総料理長。コスチュームカラーは黄色、登場時は手に中華包丁を持つ。 四川料理の神様・陳建民の息子である。 出演は、審査員も務めた岸朝子の推薦によるもの。番組開始時から最終回まで鉄人を務めた唯一の鉄人であり、全鉄人中最多出場回数を持つ。最終回では全鉄人を代表してスピーチを担当した。 最年少だった番組最初期は不安定で、番組で初めて黒星(対戦相手は程一彦)を喫したのを始め、負け数が他の鉄人よりもかなり多く、挑戦者間では「確実に勝つなら陳」とまで言われたこともあった(毎回鉄人が勝つのは面白くないという事で、負け役の鉄人としてあえて選ばれたとも言われている)。特に女性挑戦者に弱い傾向があり、挑戦当時22歳だった女性挑戦者の五十嵐美幸に対し、2対2のタイスコアに持ち込まれ、辛うじて得点差1点で勝利をあげたこともある(このとき、陳は「危ねえ、危ねえ」と薄氷の思いを連呼する一方で、挑戦者は「勝利にも等しい」と飛び上がって喜んでいた)。しかし経年の度に飛躍的に勝率を上げ、1996年には全鉄人中最長連勝記録の17連勝を記録するなど「強い鉄人」の象徴となった。 初期で弱かったのは、当時の彼の非常にやさしい性格と、テーマ食材が野菜の場合、無理やりデザートを作っていた点による(無理やりデザートを作るのは後述の中村孝明にもよく見られた)。初の女性挑戦者であった加賀田京子に負けたときも「かわいい人だなあ」と思いながら漫然と料理をしてしまった。また、神田川俊郎戦では1日3本収録の最後というのもあり、審査員のことを考えてさっぱりしたお粥を作ったが、全体としては希薄な印象になってしまった。だがデザートを作るのをやめるなど、研鑽を重ね、成績も向上した。

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歴代の鉄人「和」

「甦るがいい、アイアンシェフ!!」

初代:道場六三郎

番組開始当時は銀座「ろくさん亭」主人。コスチュームカラーは青。 後に二代目鉄人となる中村孝明や福井幸雄(岡山市「味塾 時の流れ」主人で平成4年度・卓越技能表彰者)らにスケジュールが合わないと断られたため、「1年のみ」の条件を呑む形で第2候補だった道場に鉄人起用の打診が来た。ただし、この条件はちょうど1年目でアルトア・ルターに敗れた結果、道場の考え方が変わり、消滅した(スタッフもまったく代役を考えていなかったようである)。 現役時代の対戦成績は27勝3敗1分と勝率9割に迫り、圧倒的な強さを誇った。番組内の公式見解をはじめ、誰もが認める全鉄人の中の最強鉄人であった。 和食の料理人でありながらジャンルにとらわれない料理を生み出し、「日本料理界の異端児」と称された(鉄人晩期には「地球料理」を標榜)。「無国籍料理」と称される回もあった。 対決中に必ず筆で「お品書き」を書くシーンがお馴染みでもあった。料理・作業の方向性をアシスタントらに伝えるほか、対戦相手を呑み込もうという意図もあったという。フォアグラを平仮名で「ほあぐら」と書く事などが特徴的であった。 また、「出汁(だし)は1品だけなら持込可」というルールがあったにもかかわらず、常に対決開始時に作っていた。この鰹節、昆布をふんだんに使った出汁は福井アナに『命の出汁』と名づけられ、その作成シーンがお品書きを書くシーンと並んで道場出演時の序盤で必ず流されていた。 高齢であるが故に病のため番組に登場できない時期もあったほか、後半は一時期精彩を欠く戦いを見せることがあった。 「素材に国境はない」「素材を成仏させる」などの名言を残しつつ、後継の鉄人に後述の中村を指名し引退。後に「(高齢のために体力が衰えて)鯛の頭を包丁で割れなくなった時、引退を決意した」と語っている。石鍋に続いて「名誉鉄人」の座についた。

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二代目:中村孝明

番組登場時は「なだ万」理事・料理本部長(総料理長)。後に独立し、1999年10月に「孝明 ARIAKE」オーナーシェフとなる。コスチュームカラーは紫。 番組では「料理界の諸葛孔明」と称されている。鉄人デビューは1996年3月。番組放映当時は鉄人の中で唯一、オーナーシェフの立場ではなかった。 企画時点での鉄人第1候補だったが、当時は「わけのわからない番組」であり、「なだ万」の看板のこともあって辞退。しかし番組がメジャーになったことから、「なだ万」の会長が道場の後釜に中村を推薦して出演が決定した。番組上では、番組を支え続けた道場が引退に伴って指名したことになっている(実際道場と中村はゴルフ友達で、当時ゴルフ場で会うたびに「2代目をやらないか」と勧められていたという)。 道場とは違った意味で独創的な料理を見せつけた。しかし、やはり先代の道場が持つ圧倒的な強さと独創性とを比較されることも多く、また金粉を料理にばら撒く等の独創性がかえって災いし、審査員から「下品だ」と批判されるなど厳しい評価を受ける場面も多かった。またテーマ食材をなんでも寿司にしてしまう傾向があり、審査員の岸朝子からは「困ったときの寿司頼み」と皮肉られたこともあったという。 こうした不安定な傾向のせいか全鉄人の中でも連敗が多く、2連敗後の1997年12月26日放送分の神田川俊郎とのアラ対決の前に「もしこの勝負で負けたら引退する」と宣言、背水の陣で臨んだが敗れ、唯一の不名誉な3連敗を喫し、1998年2月20日放送分の服部幸應との引退試合を最後に「名誉鉄人」として番組を卒業した。

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三代目:森本正治

先代の中村の引退直後、1998年2月に「ニューヨークからやって来た鉄人」の触れ込みで番組に登場。 コスチュームカラーはシルバーに赤線、背中には日米の国旗を結わえた刺繍が入っていた。また、全鉄人の中で唯一可変式のコスチュームであり、試合中にはエポーレット(肩章)と袖口裏部分とを留め合わせ、袖をたくし上げ固定するという機能的なデザインが採用されていた。 番組では「料理界の織田信長」と称されている。 かつては寿司職人だったが、ニューヨークへ渡り、「ソニークラブ」総料理長を経て、鉄人起用時は「NOBU」総料理長を務めていた。 道場、中村とはまた違った「ニューヨーク仕込みの和食」「地球料理」を見せつけ異彩を放った。ただし、道場の頃とは違い、審査員も多様化、また評価を厳しくしており、とくにこの時期、準レギュラー的に審査員を務めていた加納典明とは審査中もしばしば料理への考え方の違いで衝突するなど、苦労させられたようである。 坂井や石鍋が、若手フレンチ集団「クラブ・ミストラル」と対立したように、かつて坂井をタコ対決で倒した関西料理界の重鎮、大田忠道は森本の創作和食を激しく非難し、自身が主催する「太田天地(あめつち)の会」から次々と会員を挑戦者として送り込むなど、因縁の戦いを繰り返した。

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歴代の鉄人「イタリアン」

「甦るがいい、アイアンシェフ!!」

神戸勝彦

番組後期の1997年6月に、新たなジャンルのイタリアンの鉄人として登場した。番組のストーリー上では、キッチンスタジアムを開設した当時、遊び好きであった神戸を破門同然でイタリアへ修業に出し、4年後にようやく改心したという事で呼び戻したという設定。襲名時は特定の店舗に属さないフリーのシェフという異例の経歴での起用だった。コスチュームはイタリア国旗の赤・白・緑がモチーフになっている。 番組では「パスタのプリンス」と称されている。全鉄人中最年少で起用当初は唯一の20代の鉄人だった。 登場する際は通常の鉄人の登場するからステージ後方の迫からではなく、指名された際にステージに向かって右横にある絵画の壁が動き、迫と後方に神戸の胸部の写真が出され、管弦楽の生演奏で手にトマトを持って登場する。 当初本人は番組出演のオファーを受けたとき、てっきり挑戦者として出演するものだと思っていたところ、初回の収録直前になって実は鉄人として出演することが判明し慌てふためいたというエピソードも残っている。 デビュー戦は萩原雅彦シェフとのショートパスタ対決であったが黒星。唯一デビュー戦が黒星となった鉄人である。そのためか加納典明からは手厳しい評価を受けていたことがあった。 開始と共に食材のある主宰席に猛ダッシュするため、挑戦者も慌てて走る光景が毎度繰り返されていた(高校では陸上部だったので足には自信があるらしい)。

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そして鹿賀丈史

鹿賀丈史本人が困るほど、美食アカデミー主宰はハマリ役でした

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