いかりや長介
いってみよ~
ドリフ時代初期の芸名は「いかり矢長介」でした。
「8時だョ!全員集合」から飛び出したギャグの数々 - Middle Edge(ミドルエッジ)
晩年は「和久さん」として人気に
全てはここから始まった!!踊る大捜査線 テレビドラマシリーズ - Middle Edge(ミドルエッジ)
ミュージシャンとして
「碇矢長一とザ・ドリフターズ」
1964年に仲本工事、高木ブー、荒井注を加えて「ザ・ドリフターズ」を再結成。
ナベプロの傘下に入って、当時人気絶頂だったハナ肇とクレージーキャッツの後輩として、大々的に売り出した。
なお、この時に「いかりや長介」名義での活動となった。
1966年、ビートルズの前座を務める
音楽家 いかりや長介 - Middle Edge(ミドルエッジ)
「いかりや奏法」「いかりや弾き」「長介弾き」という言葉も
ベーシストとして鳴らしたいかりや長介
コメディアンへ
「8時だョ!全員集合」「ドリフ大爆笑」で国民的コメディアンに
ちょーさんの名言も
ドリフの大爆笑でおなじみ「だめだこりゃ」
「1VS4」の構図を確立、みずからの役どころに徹する
ドリフでは自らをボス=抑圧的な憎まれキャラに見立てた上での各キャラクター構築をし、主にツッコミ役を演じていた。
典型的なツッコミタイプのコメディアンであるが、『ドリフ大爆笑』の人気コーナー「ばか兄弟」(仲本とのコンビによるコント)シリーズでは見事なボケを演じた。
いかりやに対し加藤や志村らが反撃に出るといったスタイルのコントで、日頃のうっぷんからか志村は半ば本気でいかりやを攻撃していたが(時には加藤が楽屋オチ的にそのことを指摘するツッコミを入れた)、いかりやはむしろそれを良しとして受け入れていた。
【8時だョ!全員集合】の舞台セットや小道具を振り返る - Middle Edge(ミドルエッジ)
俳優、タレントへ
NHK大河ドラマ『独眼竜政宗』が俳優としてブレイクするきっかけに
1992年~1996年のドラマ版『サザエさん』(フジテレビ)では波平を演じ、1997年に出演した『踊る大捜査線』(同局)和久平八郎役では、『全員集合』を見たことがない若いファンからも人気を博す。
1999年には、『踊る大捜査線 THE MOVIE』で第22回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。
2000年2月、荒井注が急逝した際、弔辞を読んだのはいかりやであった。弔辞の最後、いかりやは荒井に対して「じゃあいずれ」と締めくくった。
ドリフ時代は、「ゴリラ」や「下唇が長い」などと散々な言われようだったが、最晩年期には、貫禄のあるファッションに様変わりした。
闘病の晩年
がんとの闘いだった晩年