イタリアの至宝 「ロベルト・バッジョ」
~経歴~
ロベルト・バッジョが最も輝いたユベントス時代
プラティニ以降のユベントスでエースの座に君臨していたバッジョは、UEFA杯を制す過程で6ゴールを記録するなど、華麗なプレーの連続で主役を演じ、12月にバロンドールを手にしていた。
http://number.bunshun.jp/articles/-/69233<ユーベの闘将コンテの証言> バッジョ&デル・ピエーロ 「最後のファンタジスタ」 - 海外サッカー - Number Web - ナンバー
90年代では、イタリア人で唯一バロンドールを獲得した選手でした。
ゴール前で変幻自在にボールを扱う様は、彼が世界屈指のファンタジスタであると誰もが納得するものでした。
ユベントス時代の華麗なプレー動画
1994年 灼熱のピッチに散ったロベルト・バッジョ
W杯・決勝トーナメントでの大活躍
世界一を決めるPKを失敗
監督から冷遇された日々
ユベントス→ACミラン
ACミラン→インテル
監督にロベルト・バッジョと相性の悪い、マルチェロ・リッピが就任したこともあって、ロベルト・バッジョも起用されなくなり、バッジョも次のシーズンには、ブレシアへと移籍してしまいました。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1368167748サッカーで ロベルトバッジョがインテルに移籍するときロナウドとのコンビが見... - Yahoo!知恵袋
インテルへの移籍当時は、ブラジル代表の怪物ロナウドも在籍していました。
「RO-ROコンビ」とも呼ばれ、期待されますが、両選手共に怪我があり、「共演」はわずかな期間で終わってしまいました。
そして、怪我の影響に加え、前述のマルチェロ・リッピ監督との確執がやはり一番の移籍理由であったようです。
最後のワールドカップ・フランス大会
ギリギリで滑り込んだ代表の座
98年、フランスワールドカップのイタリア代表ですが、予選では、ゾラがエ... - Yahoo!知恵袋
ゾラは当時のイタリア代表FWです。
FW陣には、他にもリーガ・エスパニョーラ(スペイン)で得点王に輝いたビエリ、ファンタジスタと呼ばれたデルピエロもいました。
バッジョは本大会直前に代表入りを決めました。
ちなみにそのニュースは日本でも話題となりました。
準々決勝・フランス戦での名言
本大会では、2得点1アシストと好成績を残したバッジョ。
上記の「PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持った者だけだ」は、彼のサッカー人生が凝縮した言葉であり、今も語り継がれる名言です。
フランスとのPK戦に敗れたイタリアは、三大会連続のPK戦での敗退が確定しました。
バッジョ自身が起点となったオーストリア戦のゴール
引退後の生活
引退後はどのように過ごしているのですか?
「菜園にいることが多いよ。義理の両親が手助けしてくれているんだ。許す限り菜園に足を運んでいる。そして家族との時間を大切にしている。家を留守にする生活が長年続いたので、今は家族のための時間なんだ」
http://news.livedoor.com/article/detail/3575743/<ロングインタビュー>イタリアの至宝バッジョのお気に入りはメッシ! - ライブドアニュース
上記は、2004年の引退から数年後に行われたインタビューでのやりとり。(ガゼッタ・デッロ・スポルト紙の企画)
喧騒の中に居た選手時代とは一変、穏やかな時間を過ごしていたようです。
また、2010年には慈善活動への取り組みが評価されて、ノーベル平和賞受賞者世界サミットの事務局により平和サミット賞が授与されました。
今でもボール扱いは、スーパースター級なんでしょうか。
イタリアの至宝を特集しました!