世界を巡る転戦の旅
サイボーグ化されたムーの白鯨に乗った主人公たちは、世界各地の遺跡で、迫り来るアトランティス軍と闘い続けます。
白鯨は闘いが進むに連れて、生物としての白鯨の外観から徐々に変わっていきます。
ここらも、当時子どもの筆者にとっては新鮮でしたね。
科学的な変形て感じではないからファンタジーみたいなもんだけど、でも最終的にはメカメカしい外観になったり、、いまなら「どうゆうことやねんっ」「ちゅーとはんぱやねん」(なぜか関西弁?^^;)ということにもなるのかもしれませんが、でもそのゆるさが当時のジュブナイルSF感があるような。
敵であるアトランティス陣営も、たんに「ボスとその他手下大勢」といった形ではなく、
敵にもグラデーションやドラマがありました。
冷酷だけれども、最期は命を捨てて弟プラトスを逃がした、第一皇子ゴルゴスとか。
敵だけれども美男子で正々堂々としたプラトスが、父の復活によって、アトランティスによる地球支配がはたして正しいのか疑問を持ち始めるとか。
味方にも敵にも、愛の物語
ムーの白鯨の物語が始まったとき、子どものわたしは単純に、正義の主人公チーム5人組に紅一点なのだから、ケンとレイがくっつくものと思ってましたね。
同じ日本人だし、マドーラは日本人じゃないどころかなんだかよくわからない(f^^;)ムーの、人間ですらなくてサイボーグな訳ですから、、(サイボーグはれっきと人間ですけどね、、f^^;)
マドーラは当初、人間的な感情をほとんど置いてきてしまった使命のための存在のようなものとして描かれましたし。
それがケンとの人間的なふれあいのなかで徐々に人間的に戻っていき、惹かれあうようになります。
一方、ケンとマドーラほどしっかりとは描かれませんが、レイはジョーとそういった雰囲気に。
まあそれぞれ前世でそういった関係だった、それが生まれ変わっても、というかたちになっておったのですが。
こういった愛の物語は、“いいもん”ムー側にだけあった訳ではありません。
“わるもん”アトランティス側ですが、通り一遍に描かれていたわけではないことは、先ほどもふれた通りです。
実はこちらのドラマの方が重くて深い結末になっているのです。
アトランティス親衛隊隊員のラ・メールですが、実はラ・ムーの娘でマドーラの双子の姉だったのです。3万年前、アトランティスに人質として取られ、当人は自身がアトランティス人と疑わず生きてきたのです。彼女の想いに気付き惹かれあうようになったプラトスでしたが、彼女がムーの人間だったことを知り苦悩し、それゆえ自らの地位も危うくなってきます。ついには、彼女を逃がす為に父に背き、自ら囚われの身となるプラトス。マドーラと姉妹の再会を果たしたラ・メールでしたが、やはりプラトスのもとへと戻ります。彼を庇いザルゴンの刃に倒れるラ・メール。プラトスも両目に刃を受けてしまいます。傷を負った二人は暗い海へと消えていくのでした。
わずかな光(のみ)差す結末
これらのドラマを経て、おハナシは最後の闘いへと向かいます。
ザルゴンによって地球全体が変異させられるほどの影響が与えられ、
白鯨がここまで守るべく闘ってきたにもかかわらず、地球は荒廃し人類のほとんどは滅びてしまったということが示されます。
ケンらを降ろし自らを捨て単独でザルゴンに向かう白鯨に、彼らは自分たちの力を白鯨に送り込みます。すると白鯨はメカニックな最終形態から元の鯨の姿に戻り、ザルゴンを倒すことができたのでした。
現代文明以前の姿にも似た地球に、主人公たちは復活への一粒の種となって撒かれます。闘いのなか死んだと思われたマドーラも人間の身体に戻っています。
守るべき人類がほぼ滅んでしまう結末なんて、とてもハッピーエンドとはいえませんが、この結末のビターさ哀しさ。最後までもの哀しくて懐かしい、ムーの白鯨なのでした。
みなさん、思い返されましたでしょうか?未観の世代の方々におかれましては、もし機会がありましたら、ぜひご覧下さいませ。古びない懐かしさが、あるかもしれませんよ。