広末涼子のプロフィール

まずは広末涼子さんのプロフィールからご紹介します。
出生名:廣末涼子(ひろすえりょうこ)
生年月日:1980年7月18日
出身地:高知県高知市
身長:161センチ
デビューのキッカケ:中学2年生の時に応募した、第1回クレアラシル「ぴかぴかフェイスコンテスト」でグランプリを受賞。
1995年に「クレアラシル」のCMでデビューしました。
同年、ドラマ「ハートにS」で女優としてもデビューします。
その後様々なCMに出演していましたが、1996年にドコモの「広末涼子、ポケベル始める」のCMで大ブレイクしました。
可愛かったですよね~。
当時の広末涼子さんは10代半ばのこの年齢でしか表せないような、中性的な魅力に溢れていてとにかく輝いていました。
人気が爆発したのもわかりますね。
こうしてヒロスエブームは、起きていきました。
1996年に発売した2冊のファースト写真集「H」「R」は、2003年までの累計で46万8000部のベストセラーを記録しています。
多くの人が夢中になりました。
トップアイドルとして
1997年になると当時の若者の流行語だった「MK5(マジでキレる5秒前)」をもじった「Majiで恋する5秒前」をリリースし、歌手デビューも果たします。
この曲は竹内まりあさんの提供ですが、このタイトルは上手い!と思いましたね。
トップアイドルであり、若者の流行語を使いインパクト絶大なこの曲は、60万枚を売り上げヒットしています。
2枚目のシングルは岡本真夜さん提供の「大スキ!」もヒットし、この曲で紅白歌合戦にも出場しました。
女優としても映画「20世紀ノスタルジア」に初主演し、また当時人気絶頂の反町隆史さんと竹野内豊さんがW主演して話題となったドラマ「ビーチボーイズ」にも出演しています。
歌手として女優として大活躍し、1997年は広末涼子さんの年といっても過言ではない位の大活躍でしたよね。
これほどセーラー服の似合う女子高生は、薬師丸ひろ子さん以来ではないでしょうか。
ショートカットにセーラー服は最強です。
プッツン事件とは?
1990年代後半は国民的アイドルとして人気を誇った広末涼子さんでしたが、2000年代に入るとなにやら雲行きが怪しくなっていきます。
タクシーで4万円もの無賃乗車をして、空に向かって片手をあげる衝撃のショットが週刊誌にスクープされてしまい…その奇行が世間を騒がせたことがありました。
広末涼子、“プッツン”時代を告白もテレビでは明かせなかった「西麻布クラブ」の闇|日刊サイゾー
ただ、後日この時のことを広末涼子さんはテレビで語っていました。
2001年に主演したフジテレビのドラマ「できちゃった結婚」の撮影に遅れそうなために、タクシーに飛び乗り現場に向かったけれど、撮影が中止になってしまっていたそうなのです。
責任感からタクシーで向かったのですから、さすがの女優魂ということかもしれません。
まさかそんなところが写真に撮られるなんて思ってもみないでしょうし、芸能人は大変ですね。
せっかく着いたのに撮影中止だったら、怒るのも無理はないでしょう。

その後2003年にモデルの岡沢高宏さんとの結婚、出産のための産休を経て2005年にドラマ「スローダンス」で女優復帰します。
岡沢さんとは離婚しますが、2008年に第32回モントリオール世界映画祭でグランプリを受賞した「おくりびと」に出演しました。
広末涼子さん自身もヨコハマ映画祭最優秀助演女優賞を受賞するなど、再び女優としての才能をいかんなく発揮します。
プライベートでも2010年には、キャンドルアーティストのCANDLE JUNEと再婚し、第2子、第3子も出産しました。
2020年にはデビューシングルを提供した竹内まりやさんと再びコラボレーションし、新曲「キミの笑顔」をYouTubeで配信します。
この楽曲は2020年12月~1月の曲としてNHK「みんなのうた」で流されました。
2022年には日本マザーズ協会が主催する第14回ベストマザー賞の芸能部門を受賞するなど、女優としてだけでなく、母としても頑張る広末涼子さんです。
ショートカットが可愛かった広末涼子さんは、今やすっかりお母さんの顔になっていて、感慨無量ですね。
まとめ
今回は「【ヒロスエブーム】40代になっても美しい広末涼子の若い頃の活躍にプッツン事件とは?」についてご紹介しました。
10代の頃のヒロスエブームから、激動の時代を経て現在は優しく美しいお母さんとなった広末涼子さん。
これからの活躍も楽しみにしたいですね!