猿岩石 1996年4月13日香港出発    6日目 中国突入

猿岩石 1996年4月13日香港出発 6日目 中国突入

アジアは、香港、中国、ベトナム、ラオス、タイ、ミャンマー、インド、ネパール、パキスタン、イラン、トルコ。ヨーロッパは、ブルガリア、ルーマニア、ハンガリー、オーストリア、ドイツ、フランス、イギリス。野宿、絶食当たり前、あるときは山を登り、あるときは川を渡り、あるときは砂漠をこえる「香港-ロンドン ユーラシア大陸横断ヒッチハイク」旅。


ハノイ4日目の朝、数日ぶりにまともに立ち上がった2人は、ラオス領事館へいってビザを取得。
「ありがとう」
「やった」
すぐに地図を広げ、次のヒッチハイクの目的地を検討。
結果、ベトナムからラオスに入国する旅行者用の検問所がある、はるか南の街、ドンハを目指すことにした。
「初めてだったんですよ、絶食するの。
日本でダラダラした生送ってたんで、かなりキツかったですね」
そういう森脇は、暑さと空腹でフラフラになりながら
「DONGHA」
と書いた紙を掲げてヒッチハイク開始。
しかし通るのは乗用車やバイクで長距離トラックがいない。
トラックを求め、あてもなくさまよっていると何かの市場なのか、何十台もトラックが集まっている場所を発見。
「おお、トラック、たくさんいるよ」
「これ、チャンスだぞ。
「これ、全部に当たっていけば・・・」
2人は中に入り、
「誰か、ドンハいく人いませんか?」
「ドンハ」
と聞いて回った。
やっとトラックの運転席から
『いいよ』
といってくれる運転手を発見。
ちょうどそのとき腕に赤い腕章を巻いた男がやってきて
「ここは政府機関だから外に出て」
といわれ、カメラを叩き落された。
それでもなんとか粘って運転手と交渉を続け、ギリギリでヒッチハイク成功。
「あー、よかったあ」
有吉は泣きながらトラックの荷台に上がり、森脇も
「うれしいよ」
と泣いた。

地獄のハノイを脱出して2時間後、疲れ切った2人は狭い荷台で眠りこけた。
23時、トラックがドライブインに立ち寄り、ドライバーにオゴってもらい、4日ぶりの食事。
「ベトナムのハノイで3日間絶食。
これが初めての絶食で、あれを救ってくれた運転手にオゴっていただいて・・・
あの普通のほうれん草のおひたしみたいなやつと、あと卵焼きとご飯と水ですか。
あれが忘れられないですね、もう。
おいしかった。
そら何つうのかな、今食べるとどうかわかんないよ。
でも嬉しかったのよすっごい」
(森脇)
「泣いて食べてたもんね」
(有吉)
翌朝、ハノイを出てから13時間たったが、先はまだまだ長いらしく、強い日差しを受けながら眠る2人をみて、ドライバーはトラックを停めて、荷台にビニールシートを張ってくれた。
猿岩石は、ビニールシートの屋根とドライバーの優しさと守られながら、再び眠りについた。
昼12時、700㎞を20時間かかって移動し、ついに国境手前の街、ドンハに到着。
親切にしてもらったドライバーにお礼をいって握手してお別れした。
ちなみに有吉は、このヒッチハイク旅で
「人間、食べないでいられる限界は3日」
「野宿は慣れて全然大丈夫になるが、腹減るのはツラい。
1番ツラい」
ということを学んだという。

1日目 断食している自分に酔う
2日目 まだ「メシ食いてえ」と叫べる
3日目 腹が減りすぎて死にそうになる
4日目 狂気で目が血走り、食い逃げや人を襲って食べ物を奪うことも考えるが体は動かない

といい、3日目まではなんとかなるが4日目からは頭に食べ物のことばかり浮かんで胃散が出てお腹が痛くなる「空腹地獄」が続くという。

こうして24日目、5月6日、トラックに20時間揺られ、ハノイから約700kmのドンハに到着した2人は、
「お前汚ねーよ」
(有吉)
「お前もだよ」
(森脇)
と互いに相手の汚れた服や体を笑いながら歩ていると川に遭遇。
「これ、体、洗うには十分だな」
と濁っている川に入って10日ぶりの入浴。
「気持ちイイッ」
川の中から眺める夕日は最高で、そのまま川にかかる橋の下で野宿した。

25日目、起きて橋の上に出るとそこはマーケットだった。
目の前にたくさん食べ物があるのに無一文で
「腹減ったよ」
と嘆く有吉。
「金があったらなあ」
森脇はそういった後、ダルそうに歩く有吉のリュックをみて閃いた。
リュックに丸めてはさんであった、野宿のときにかけ布団代わりにしていた赤と白の2枚のジャケットを引っ張って
「売れよ、コレ!
けっこういいモンにみえるんじゃないの」
「やってみるだけやってみようか」
「当たってみよう」
そしてマーケットで服を売っていた女性に
「お姉さん、どう?みて」
といって赤いジャケットを渡した。
愛想のいい女性は
『オオッ』
と喜んで自分で着てみたが、すぐに
『オムツのようなニオイがする』
と笑いながら脱いだ。
そして有吉が
「これもつけよう」
と白いジャケットを示すと
『そっちは、もっと臭そうだわ』
といって笑った。
そして女性が示した買取価格は、5(US)ドルだった。

「ちょっと待ってください」
有吉はそういって他店と交渉することに。
2店目は、ジャケットに触れもせずに
『NO』
3店目の女性店員が赤いジャケットを羽織ると
「オオ、ビューティフル」
「ホント、キレイ」
とヨイショし、
『7ドル』
4店目、同じように女性店員がジャケットを着ると、有吉は
「アララ、似合うわ」
森脇は
「キレイ、カシャカシャカシャ」
とカメラで撮るジェスチャーし
『10ドル』
5店目の女性店員はジャケットを広げ、タグや縫い方など隅々までチェック。
2人は
「専門家みたい」
「見るねえ」
とヨイショ。
すると女性店員は
『日本製ね』
といって紙に数字を書いた。
「3万ドン?
3ドルくらい?
ダメだな」
有吉がいうと同行スタッフが
『3万ドン?
30万ドンじゃない?』
2人の目は紙に吸い込まれた。
「あ、30万ドンだ」
「あ、ホンマや」
なんと30万ドン=30ドル。
「いいの?」
「OK?」
『OK』
お金をもらうと2人は
「たしかにいただきました。
ありがとうございました」
と日本人らしく丁寧にお辞儀。
マーケットの外に出ると、
「やった」
「すごいぞ」
と喜んで走り出し、少し離れた場所でお金を確認。
「ギャハハハハ」
「札束だよ。
あれ、2つでいくらだったの?」
「1つはもらったのね。
で、赤いのは2千円で買ったの」

無一文から復活した2人は、40時間ぶりの食事。
空腹が満たされると徒歩で国境へ向かった。
まずはベトナムの出国手続きをして、それが終わると
「苦しかった、ベトナムは」
と笑いながらラオスの入国手続きへ。
そして香港、中国、ベトナムに続き、4ヵ国目、ラオスに歩いて入国し、
「ウエーイ!」
とバンザイ。
さっそく地図を広げて、次なるヒッチハイクの目的地を検討。
「コレ、一気に行っちゃうか」
「ウン、一気にタイ行こう」
といきなりラオスとタイの国境を目指すことにした。

ラオスの正式国名は、「ラオス人民民主共和国」
国土面積は、日本の本州と同じくらい(約24万㎞²)で、ほとんどが山岳地帯。
メコン川を挟んでタイとの国境に面した首都、ビエンチャン特別市の他に17の県があり、どの県も独特の風土、文化が残っている。
ラオスでの主な移動手段はバスだが、メコン川を移動する「スローボート」もある。
日本とラオスは江戸時代から交易を行い、象牙、毛皮、香料などが輸入され、煙管(キセル)の吸い口と火皿を接続する竹管を「羅宇(ラオ)」というのはラオスから渡来した竹を用いたからだといわれている。
穏やかでどこか懐かしさを感じるのんびりとした少数民族の村。
ワット・シェンクワン寺院やルアンパバン、ワット・プーなど貴重な仏教遺跡。
母なる大河、メコン川、そのメコン川に浮かぶたくさんの島々「シーパンドン」
標高1000m、不思議な巨石群が静かに佇む「ジャール平原」
石灰石でできた珍しい形の山々に囲まれた「バンビエン」
ラオスは「東南アジア最後の秘境」と呼ばれ、ニューヨーク・タイムズの「世界で1番行きたい国ランキング」で第1位に選ばれたこともある。

「エクスキュズ・ミー」
猿岩石は、カーハントを開始。
するとすぐにトラックをGET。
ベトナムのマーケット以来、今日はツキまくりの2人は荷台で握手。
トラックで揺られること5時間、サワンナゲートに到着し、入国したその日にラオスの出国手続きを済ませた。
と、ここまでは超スムーズだったが、問題発生。
タイはメコン川の向こう側にみえているのに橋が見当たらない。
「橋とかねえの?」
「でもアレがタイだよ」
渡船所があるので、有料のボートで渡るシステムらしい。
今回は金はあるが、船賃を払うとヒッチハイクにならずルール違反。
「どうすんの?」
「船と交渉するしかないんじゃない?
だって泳げないだろ。
荷物あるし・・・」

2人は船着き場に近づいて
「運転手さん、ノー・マネー」
「乗せて」
と身振り手振りで頼んだが
『上で切符を買ってきて』
「えっ?」
そうこうしている間にボートは出てしまった。
誰もいなくなった船着き場で小さくなる船をみながら
「いいなあ」
「速いなあ」
と子供のようにいい合う2人。
その後、川沿いを歩いて、船に乗った人に
「タイ」
「ノー・マネー」
といいながら当たっていったが結局、乗せてくれる船はなかった。
メコン川に夕日が落ち、タイを目の前にして、その日は川土手で野宿した。

翌日、29日目、5月11日、なす術もなく、ただ川を見つめる2人。
すると船がやってきて、昨日、交渉した船頭さんがが手招きしている。
「えっ」
「ちょっと待って」
あわてて荷物を持って土手をかけ下りた。
「お金ない、OK?」
船頭は
『乗って来い』
とジェスチャー。
川岸でずっと動けないでいる2人をみかね、無料で乗せてくれるという。
こうして2人は快調に川を渡る船に乗ってラオスを出国し、10分後、タイ側の川岸の到着した。
「長かったなあ、この距離がよお」

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