谷口吉生設計の法隆寺宝物館は、東京国立博物館にあります。ステンレスフレームとガラスで構成された美しい建物。隣接する東洋館は、父である谷口吉郎氏の設計によるものです。明治11年(1878年)に法隆寺から皇室に献納された300件ほどの「法隆寺献納宝物」を保存展示するために建てられた建築物で、昭和39年(1964年)に開館されました。現在見られるのは、2代目の建物で、1999年開館となります。
豊田市美術館
豊田市美術館は、愛知県豊田市において1995年に開館した美術館です。鉄とガラスを素材としたシンプルなモダニズム建築。アメリカ製スレートで構成された直方体のモスグリーンと、乳白色のガラスで包まれたファサードが印象を強めています。自然光が効果的に降り注ぐ展示空間では、別の展示室が少しだけ見えるように配置されていたり、各展示室間に設けられた廊下から豊田市の眺望が見られるなど、意外性と面白さが随所に取り入れられています。日が落ちると、ガラスのファサードから光が放たれ、正面の池にはまるでランタンのように浮かびあがる建物の姿は必見です。
安藤忠雄(あんどうただお)
1941年大阪市に生まれた安藤忠雄は、家庭の経済的な理由で大学に通えませんでした。しかし独学で建築を学び建築士試験に合格して建築の道を歩みます。その人生はあまりに破天荒で、24歳の時にはチェ・ゲバラに影響を受け、インドのガンジス川でゲリラとして生きることを決意するのです。そしてこの年から4年間もの間、2度に渡って世界を放浪することになります。その後の1969年に安藤忠雄建築研究所を大阪で設立し、主に個人住宅を多く手がけていきます。1979年に「住吉の長屋」で日本建築学会賞を受賞。1989年にはベネッセの依頼により直島プロジェクトに参画し、1992年ベネッセハウス、1999年「家プロジェクト」を手がけることに。そして1995年には、「建築界のノーベル賞」とも称されるプリツカー賞を受賞するのです。
住吉の長屋
大阪市住吉区にある安藤忠雄が一躍脚光浴びるきっかけちなったデビュー作であり代表作となります。狭小住宅の「住吉の長屋」は、三軒長屋だった真ん中の1軒を切り取って、鉄筋コンクリート造りの小住宅に生まれ変わらせました。しかし、玄関からすぐのところに居間があり、台所・トイレ・2階に行くには、中庭を通貨する必要があります。なので、雨の日は傘をささなくてはならないということも。利便性を欠いた設計は、賛否両論が湧きあがりましたが、斬新で大胆なデザインが高く評価されました。総工費は解体費を含め1000万円という低価格、更には敷地的な厳しい条件下での設計となりましたが、当時の住宅では当たり前だった機能性や連続性に疑問を持つ安藤が行った、まさに渾身の表現と言えるでしょう。
茨木春日丘教会「光の教会」
光の教会は、茨木春日丘教会(大阪・茨木市)の礼拝堂として1989年に建築されました。安藤建築ではお馴染みのコンクリート打ち放しの建物です。祭壇の後ろに造られた、壁面いっぱいの十字架状のスリット窓が見事なアクセントを強調しています。コンパクトでシンプルな造りは、祈りの場にふさわしい静謐さに満ちた空間となりました。別名「光の教会」は、限られた予算の中での設計にも関わらず、誰もが目を見張るような厳かなデザインが評価され、1996年の国際教会建築賞を受賞。その人気は大きく、国内のみならず海外からも多くの人が見学に訪れています。
