プレイボーイの代名詞・火野正平さん
火野正平さんのプロフィール
火野正平さんの経歴
1949年、東京都目黒区に生まれた火野正平さん。三歳のときに実父が亡くなり、その後に母親が再婚したことで継父がいたそうです。幼少期は、その継父からは連日のように手を出されていたようで、中学生になった火野正平さんが反撃すると、継父はあっさりと倒れたといいます。
しかし、母親は継父をかばったことで、家には自分の居場所はないと悟ったのだそうです。
1966年にはTBS系列で放送された時代劇ドラマ『わんぱく砦』に出演して、お茶の間からの人気を獲得しました。しかし、人気は一時的なもので、その勢いは瞬く間に消えてしまい、芸能界の厳しさを知ったといいます。
”火野正平”の芸名は小説家・池波正太郎さんが名付け親なのだそうで、当時の所属事務所の社長とつながりがあった池波正太郎さんから”正”の字をもらったというエピソードが残っています。
その後も、1977年にテレビ朝日系列で放送された『新・必殺仕事人』、1980年にはフジテレビ系列放送の『服部半蔵・影の軍団』、1983年からは日本テレビ系列放送の『長七郎江戸日記』など、時代劇や映画を中心にご活躍されています。
2012年にはハリウッド映画『終戦のエンペラー』に出演し、東条英機を演じました。
2018年には日中合作の映画『空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎』にも出演され、ご活躍の場は日本国内に留まりません。
火野正平さんのプレイボーイぶり
ミドルエッジでは火野正平さんのプレイボーイぶりを扱った過去の記事がありましたので、こちらも併せてご覧になってください。
「元祖プレイボーイ」と言えば、火野正平!昭和の色男と浮名を流した女性たち。 - Middle Edge(ミドルエッジ)
それにご結婚されたのは一度きりで、2016年時点では正式に離婚は成立していないという事実にも驚かされます。それ以降の情報は掴めていませんが、現在も離婚は成立していないのではないでしょうか。
さらに意外なのは、火野正平さんは女性に対して積極的にアプローチする肉食系男子というわけではなく、自分からは攻めないタイプなのだとか。母性本能をくすぐられ、放ってはおけないと自然に女性のほうから夢中になるみたいですよ。
「何股かけたかわからない」 火野正平72歳が“攻めない”けどモテる理由(文春オンライン) - Yahoo!ニュース
火野正平さんの主な出演作品
映画