【訃報】人気番組の数々を手掛けたテレ朝取締役・皇達也さん死去。
テレビ朝日サービスの元代表取締役で、往年のバラエティ番組の数々をヒットに導いてきた皇達也(すめらぎ・たつや)さんが、20日に誤嚥性肺炎のため都内の病院で亡くなっていたことが明らかとなりました。79歳でした。
第一報はこちらです!
皇さんは1941年、広島県生まれ。慶應義塾大学を卒業後、1964年にNETテレビ(現・テレビ朝日)に入社。主にバラエティ番組担当として、1976年には萩本欽一の冠番組「欽ちゃんのどこまでやるの!」でプロデューサーを務め、同番組をヒットに導きました。また、タモリを起用した「タモリ倶楽部」「ミュージックステーション」や、キャンディーズを起用した「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」などをヒットさせ、同局の事業局長、制作局長、テレビ朝日サービス社長などを歴任。そのヒット作の多さから「テレビ朝日の天皇」と呼ばれていました。
皇達也さんが手掛けた番組を振り返る!!
昭和~平成にかけてのバラエティ番組の黄金時代における、象徴的な番組の数々を世に送り出してきた皇さん。彼が担当した番組は非常に多岐にわたり、そのすべてをご紹介することはとても出来ないのですが、ここではその中からいくつかを軽く振り返ってみましょう。
欽ちゃんのどこまでやるの!

ベストヒットUSA

タモリ倶楽部

ワールドプロレスリング
ビートたけしのTVタックル(担当時のタイトル「どーする?!TVタックル」)

ミュージックステーション

いかがでしたでしょうか?「欽ちゃんのどこまでやるの!」といったお笑い系に加え、「ビートたけしのTVタックル」といった社会派バラエティ、「ワールドプロレスリング」「ビートたけしのスポーツ大将」といったスポーツ番組、「ミュージックステーション」「ベストヒットUSA」といった音楽系と、ジャンルを問わず才能を発揮していたことが見て取れます。近年は、後進の育成などにも尽力していたという皇さん。彼の手掛けた作品の数々は、これからも語り継がれていくに違いありません。ご冥福をお祈り申し上げます。
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