「ザ・ゴールデン・カップス」のドラマー、マモル・マヌーさん死去。
60年代後半のグループサウンズを代表するバンドのひとつ「ザ・ゴールデン・カップス」でドラマー兼ボーカルを務めたマモル・マヌー(本名:三枝守、さえぐさ まもる)さんが9月1日、心筋梗塞のため亡くなっていたことが明らかとなりました。71歳でした。
第一報はこちらです!
マモル・マヌーさんは1949年、山口県出身の神奈川県・横浜育ち。少年期より米軍キャンプへと出入りし、音楽活動を開始しました。その後、故・デイヴ平尾氏らとともに本格的なR&Bを志向したロックバンド「ザ・ゴールデン・カップス」を結成、1967年にシングル「いとしのジザベル」でデビューを飾りました。活動中はその爽やかな風貌から元祖イケメンドラマーとして話題に。アイドル的な人気を博していました。1969年のバンド脱退後は音楽活動から離れていた時期もあったものの、2003年にはザ・ゴールデン・カップスの再結成に参加。主にボーカルとしてライブハウスなどへの出演を重ねていました。なお関係者によれば、送る会の開催を今後予定しているとのことです。
音楽関係者からも追悼のコメントが届いています。
本格派GS!ゴールデン・カップスの名曲の数々!!
「元祖R&Bグループ」として、歌謡曲化していた当時のGSの中にあって商業主義一辺倒ではない高い音楽性で評価されていたザ・ゴールデン・カップス。ここでは、彼らのシングル曲を軽く振り返っておきましょう。
銀色のグラス(1967年)
長い髪の少女(1968年)
愛する君に(1968年)
過ぎ去りし恋(1968年)
本牧ブルース(1969年)
ザ・ゴールデン・カップスの代表曲で、後年GS関連の番組で披露することの多かった「長い髪の少女」などは職業作曲家のペンによる歌謡色の強い楽曲なのですが、メンバーが作詞作曲を担当した「過ぎ去りし恋」などは全編英語詞で構成された本場のR&Bに傾倒した楽曲であり、またヒットを意識して職業作曲家により制作された「愛する君に」についても当時の映像をご覧になればわかる通り、卓越した演奏技術によって、歌謡曲と化していた当時のGSとは別物の仕上がりとなっています。
伝説のGSとして現在に至るまで高い評価を得ているザ・ゴールデン・カップスを率いていたマモル・マヌーさんの功績は、これからも語り継がれていくことは間違いありません。ご冥福をお祈り申し上げます。
往年の名曲を振り返りたくなった方はこちら!
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