傷だらけの天使 オープニング 真似してた?
ショーケンが起きぬけに、ヘッドフォンと水中眼鏡をつけて革ジャン姿でバクバクと食べ物を食べているオープニングはインパクトが強かったですよね。
とても「どさくさ紛れ」の演出とは思えません。なんなら「傷だらけの天使」一(いち)の名場面ではないでしょうか。
アニキの朝食メニューは"トマト" "コンビーフ" "リッツ" "魚肉ソーセージ" "牛乳" でしたが、ミドルエッジ世代は間違いなく"コンビーフ"にかぶりついていましたよね⁉
ちなみに、アニキがかぶりついていたのはスーパーなどで売っている100g缶ではなくて、ワンサイズ大きい190g缶だったそうです。
■傷だらけの天使オープニングに使われた「ノザキ」のコンビーフが消滅?
製造元の「(株)川商フーズ」さんによると、販売開始から70年という長きにわたり稼働してきた製造ラインの老朽化に伴うリニューアルという事です。
アニキ(ショーケン)の真似ができる「枕缶」は、ミドルエッジ世代にとって思い入れの深い商品なので残念ですが、長い間お疲れさまです!
■傷だらけの天使オープニングでアニキが首から新聞下げてたのは?
ヘッドフォンや水中眼鏡は撮影現場にたまたま転がっていたものだそうですが、首からナプキン代わりに下げられている新聞紙は、ショーケン(萩原健一さん)のアイデアによるものです。
たまたま出くわした水道工事の現場で、作業員のおじさんがドカ弁を食べながら新聞紙を首に巻いている姿が可笑しくて記憶に残っていたそうです。
■傷だらけの天使オープニングが子ども向けアニメでパロディ化
■傷だらけの天使 メインテーマは井上堯之バンド「傷だらけの天使」
傷だらけの天使 あらすじとメインキャスト
探偵事務所「綾部情報社」で調査員として働くチンピラ「木暮修」と弟分の「乾亨」が、子供の親探しから暴力団抗争まで様々な事件を調査する中で、時に指示に逆らい暴走したり複雑な人間模様に怒りや挫折を味わう若者の生きざまを描いた名作。
| 放送回 | サブタイトル | 放送回 | サブタイトル |
|---|---|---|---|
| 第1話 | 宝石泥棒に子守唄を | 第14話 | 母のない子に浜千鳥を |
| 第2話 | 悪女にトラック一杯の幸せを | 第15話 | つよがり女に涙酒を |
| 第3話 | ヌードダンサーに愛の炎を | 第16話 | 愛の情熱に別れの接吻を |
| 第4話 | 港町に男涙のブルースを | 第17話 | 回転木馬に熱いさよならを |
| 第5話 | 殺人者に怒りの雷光を | 第18話 | リングサイドに花一輪を |
| 第6話 | 草原に黒い十字架を | 第19話 | 街の灯に桜貝の夢を |
| 第7話 | 自動車泥棒にラブソングを | 第20話 | 兄妹に十日町小唄を |
| 第8話 | 偽札造りに愛のメロディーを | 第21話 | 欲ぼけおやじにネムの木を |
| 第9話 | ピエロに結婚行進曲を | 第22話 | くちなしの花に別れのバラードを |
| 第10話 | 金庫破りに赤いバラを | 第23話 | 母の胸に悲しみの眠りを |
| 第11話 | シンデレラの死に母の歌を | 第24話 | 渡辺綱に小指の思い出を |
| 第12話 | 非常の街に狼の歌を | 第25話 | 虫けらどもに寂しい春を |
| 第13話 | 可愛いい女に愛の別れを | 第26話 | 祭りのあとにさすらいの日々を |
1974年10月5日~1975年3月29日まで日本テレビ系列で2クールの全26話放送
当初、視聴率が振るわなかったので第3話の放送時点で打ち切り命令が出ていたそうですが、徐々に上がっていき最終回では19・9%までいったそうです。
視聴率アップと反比例して、暴力的かつお色気要素は減っていったのですが、それが世間一般の声という事でしょうか。
結果、放送終了後に何度か再放送されリアルタイムで見ていない若者たちからも支持され、世代を超えて語り継がれています。
■木暮修(オサムちゃん・アニキ)-萩原健一
言わずと知れた「ショーケン」は、グループサウンズの時代「ザ・テンプターズ」のヴォーカルとして絶大な人気を誇っていました。
俳優転向後も、危なっかしいムードを漂わせた唯一無二の俳優さんで、亡くなられるまで圧倒的な存在感でした。
そんなショーケンの若さが爆発していたのが「小暮修」役であり、みんなが憧れた「アニキ」でしたね。
■乾亨(アキラ)-水谷豊
子役として13歳の時から芸能界で活躍されている水谷豊さんですが、今ではすっかり「相棒」シリーズの右京さんのイメージが定着しています。
水谷さんにとって「傷だらけの天使」は、俳優生命を救ってくれたドラマのようです。
沢山の作品に出演し評価も得ていた水谷さんですが、パッとしない時期もあり「このドラマがダメだったら故郷の北海道へ帰ろう」と考えていたそうです。
そして、そんな水谷さんをアキラ役に推薦したのは「萩原健一」さんでした。
萩原さんは、共演した際の水谷さんの仕事にかける"ひたむきさ"が好きだったそうです。
「最後の勝負」との思いが演技にもプラスになったのでしょうか、弟分「アキラ」は何とも憎めない愛されキャラとして、水谷豊さんの俳優人生の1ページに刻まれました。
他には、所長に岸田今日子さん、綾部情報社のナンバー2に 岸田森さんや、毎回ゲスト出演者が豪華でした。ちなみに第1話に子役時代の坂上忍さんが出演されていました。
傷だらけの天使 あなたの神回はどれ?最終回は別格!
最終回は別格としても、自由奔放に動き回る修と亨に魅了され、どこか可笑しくて切ないストーリーで一つに決めきれないですよね。
回ごとに脚本、監督が違っていたのも、それぞれの持ち味が出ていて楽しめました。
ちなみに、ショーケン(萩原健一さん)の思い出の回は、
第6話「草原に黒い十字架を」
修と亨が名画「六月のマドンナ」を、偽物とすり替えるように依頼された回でした。
母親が自殺した孤独な少女「なつめ」との話しですが、最後がやりきれなくてセリフがいちいち心に刺さりました。
「偽もんだよ、兄貴い…。貧しいねぇ」と亨 掘り続けながら「貧しいなぁ!」と修。
ストーリー的に「この回が神回」というのもありますが、全話通して修と亨のキャラが立っていて、そこへ「綾部情報社」のW岸田(綾部貴子と辰巳五郎)が絶妙でした。
修は、世の中に対する怒りや挫折感を破天荒なエネルギーで発散していましたが、ショーケンがハマり役だったというより、萩原健一さんそのものだった様に感じます。
亨は、チョッとオネエぽいような感じでペットの様にアニキにまとわりついていましたね。今の水谷豊さんの演技からは考えられませんが、ピョンピョン跳ねながらポケットに手を突っ込んで「アニキ~」好きでしたねぇ。
■修と亨が住んでいた"エンジェルビル"の現在
ショーケンの死去と同年に…「傷だらけの天使」の舞台となった“エンジェルビル”こと代々木会館が解体へ。 - Middle Edge(ミドルエッジ)
■憧れの(アニキの)皮ジャンは"BIGI"だった!
修を「アニキ」と慕ったのは亨だけじゃなく、当時ブラウン管の前で多くの男子達が「アニキ」に憧れの眼差しを向けていました。
当然、ファッションも注目の的。あのカッコイイ皮ジャンが欲しくてたまらなかったんじゃないですか。
衣装協力は、菊池武夫さんがデザイナーだったDCブランド「BIGI」でした。
当時、DCブランド全盛期で売れ残っても値下げをすると価値が下がるという考えから、売れ残った服は「夢の島」で焼却処分されていたそうです。
その事実を知り「じゃあ買い取ります。」という経緯から衣装として使われたと語られています。
傷だらけの天使には続きがあった!最終回から30年後の修
2008年06月21日発売
矢作 俊彦著
講談社文庫
伝説のドラマが小説へと続いていました。
ホームレスになっていた修。最終回の亨との別れを思い出すと、30年間をどう生きていたのかが浮かび又、切なくなってきます。
回想シーンで随所に亨が出てくるのも涙ものです。
小説を執筆するにあたり、著者の矢作俊彦氏は萩原健一さん、市川森一さんに許可を得られたそうです。
傷だらけの天使は語り継がれていく!
70年代の伝説のドラマ「傷だらけの天使」を振り返ってみました。
やっぱりオープニングは最高です!
良くも悪くもお行儀が良くなった現在のテレビドラマには、もう「傷だらけの天使」のような名作は生まれないでしょうね。