1990年には
B-21 SPECIAL の お世話になりました
当時、ダウンタウン・ウンナン・B21の3組の持ち回りでレギュラーの入れ替えが行われる番組が多くあり、
1990年にゴールデン・アロー賞芸能新人賞を受賞。
同年、歌手としてテイチクレコードから『お世話になりました』(井上順のカバー)をリリース。1991年『ふざけろ!』(ビデオ発売済)で映画主演デビューも果たしています。
映画 ふざけろ! (1991)
ヒロミ大やけど!
フジテレビの番組『1or8』出演の際に、大量のロケット花火を背負って空中に飛び上がるのを目指す企画。
題して、「ヒロミ宇宙へ」。耐火性の優れたカーレーサー用のスーツを着用し、約6000発ものロケット花火を背負って発射台に、花火に点火。
その瞬間、わずかに浮き上がるヒロミの体。しかし、強風にあおられ火炎が一瞬でヒロミを包む衝撃の事態に! 撮影スタッフが避難してしまうほどの火の勢いとなり、現場は大混乱。
響くヒロミさんの絶叫!
見物人によると、「熱い!熱い!」と叫んで倒れ、そのまま起き上がれない状態だったという。
ピンの活動が増えた原因
B21スペシャルはデビュー時から所属してきた人力舎から独立し、ヒロミさんを代表取締役とした個人事務所「ビィーカンパニー」を設立。
そこで、ヒロミさんが、メンバーと社員の給与を払うため、断ってきたピンの仕事も引き受けるようになったことから、グループでのテレビ出演が激減。
そのころからメンバーがピンでの活動となってきたと言われています。
ネタ披露ライブ
3人でのテレビ番組共演がなかった時期にも、1990年から1997年までは年に一度は『ONE OR EIGHT』というB21のネタ披露ライブを継続していた。『ONE OR EIGHT』は第1回から第5回まではフジテレビにて『B21スペシャルの急降下爆撃』というタイトルで放送されており、1に関してはビデオも発売されています。
しかし、デビットさんが役者に専念すると宣言したことにより、ライブ開催は中断。2004年、7年間のブランクを経た後にライブは再開されたが、再度沈黙の状態に入る。
因みに、「B21スペシャル」は解散はしていません。
一応は活動休止中となっています。
最後に・・・。
2015年8月23日の「24時間テレビ38」において、生コントを披露した。
放送時のテロップでは17年ぶりの復活とされているが前述の通り、2004年の「FNS27時間テレビ」において、とんねるずの木梨憲武の要望で復活して生コントを行っているため誤りである。
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