ポール・マッカートニーの脱退宣言から50年!1970年に発生した「ビートルズの解散問題」

ポール・マッカートニーの脱退宣言から50年!1970年に発生した「ビートルズの解散問題」

世界中のポピュラー音楽に絶大な影響を与えた伝説のバンド・ビートルズの事実上の解散から、2020年で50年を迎えます。この記事では、そんなビートルズの「解散問題」について掘り下げたいと思います。


1970年に発生した「ビートルズの解散問題」

60年代から現在に至るまで、世界中のポピュラー音楽に影響を与え続けている伝説のバンド「ビートルズ」。1970年に彼らが事実上解散してから、2020年で実に50年を迎えます。そもそも、なぜ彼らは解散という選択をしたのでしょうか?この記事では、ビートルズが解散する原因になったとされる出来事について詳しく迫ってみたいと思います。

解散を伝える当時の新聞記事

1966年8月、ライブ活動を終了しレコーディングに専念

日本武道館での伝説的公演など、世界各国でライブを開催していたビートルズ。しかし、1966年8月に開催したサンフランシスコでの公演を最後に、ライブ活動を停止しました。これは、各国でライブを開催する際に発生したトラブル(例えば、フィリピンで暴動が発生した際にツアー関係者が負傷)がメンバーにとってのストレスとなり、自身の音楽を表現する場として相応しいライブを開催することが困難になってしまったのが原因と言われています。

そしてライブ活動の停止を決定した際、ジョージ・ハリスンはバンドからの脱退を当時のマネージャーであったブライアン・エプスタインに申し出たのですが、このときジョージの意見は聞き入れられず、結局バンドに残留することとなりました。

ビートルズの陰の立役者「ブライアン・エプスタイン」が死去

1967年8月、ビートルズのマネージャーとして辣腕を振るい、バンドを世界的に成功させた陰の立役者であるマネージャー、ブライアン・エプスタインが自宅で死亡するという事件が発生。睡眠薬のオーバードーズが原因であり、メンバーは大きなショックを受けました。そしてこのエプスタインの死去が、メンバー間の力関係に変化をもたらします。

マネージャーとして辣腕を振るったブライアン・エプスタイン。

エプスタインの死後、バンドの主導権を握ったのはポール・マッカートニーでした。ビートルズのヒット曲を量産していたポールの発言権は大きく、1967年12月にリリースされたアルバム「Magical Mystery Tour」はポールが主導するプロジェクトとなりました。その一方で、ジョージはポールの言動に不満を抱き、徐々に不仲が顕在化していくことに。なお、後年ジョン・レノンは「エプスタインの死がバンド解散の主原因となった」と述懐しています。

ジョージ・ハリスンへの「過小評価」

ジョンとポールという二枚看板の影に隠れがちだったジョージに対する「過小評価」が、ジョージと他メンバーの関係悪化へと繋がったという指摘もあります。確かに活動初期のビートルズにおいては、メロディーメーカーとしてはジョンとポールの後塵を拝しており、ジョージ自身も後に当時の実力不足を認めています。しかしながら、活動後期には「Something」「Here Comes The Sun」に代表される名曲を輩出し、作曲の才能を開花させていきました。にもかかわらず、当時主導権を握っていたポールはジョージを軽視し続けており、バンド内でジョージが孤立状態にあったと言われています。

「オノ・ヨーコ」のビートルズへの関与

「ビートルズの解散には『オノ・ヨーコ』が関与している」という話は、ファンならずとも一度は耳にしたことがあるかと思います。これはヨーコがジョンとの交際を通じて、ジョンの音楽性などに影響を与え、それが他メンバーとの衝突の原因となったという説で、実際ジョンがヨーコをバンドのセッションに連れてきた際に、ヨーコが楽曲について意見したと言われています。さらに、ジョンにソロ活動をするように促したとも。

このように「ヨーコがビートルズ解散の戦犯である」という説は長年囁かれていましたが、しかしながら、後年ポールは「ヨーコがビートルズをバラバラにしたのではなく、ビートルズは自らバラバラになった」と語っており、必ずしもヨーコが解散の原因ではないことを示唆しています。

オノ・ヨーコとジョン・レノン。

1969年9月、ジョンが脱退を宣言

1969年9月、アップル本社で行われた会合にてジョンとポールがビートルズの今後の活動について口論となり、その際にジョンから「脱退宣言」が飛び出しました。しかしながら、当時のマネージャーだったアラン・クレインの説得により、その場での脱退は無かったことに。しかし、この口論以降、ジョンがビートルズのメンバーとしてスタジオ入りすることはありませんでした。

なお、当時のジョンは薬物中毒で精神的に不安定になっていた時期であり、周囲の意見を聞く余裕がなかったと言われています。そんな中飛び出したのが、この脱退宣言でした。また、この件によるポールのダメージは大きかったものの、当時の妻・リンダの支えにより、何とか精神的に持ちこたえたとのことです。

1969年10月にプラスティック・オノ・バンドが発表した「コールド・ターキー(冷たい七面鳥)」。ジョン自身を襲った薬物中毒の禁断症状について描写されています。

1970年4月、ポールが脱退を宣言

1970年4月、解散説がくすぶっていたビートルズにとって決定的な事件が発生します。今度はポールが「今後、ビートルズのメンバーと音楽活動はしない」と、事実上の脱退宣言を発表したのです。

これは、1969年1月に行われたゲット・バック・セッションにおける楽曲がポールの知らないうちに編集が施され、ポールの曲「The Long And Winding Road」が自身の意向に反した形に仕上げられたことからポールが激怒。さらに、ポール初のソロアルバム「McCartney」の発売日も変更されそうになるなど、自身の音楽活動を自分で管理出来ない状態に陥ったためです。

もはやビートルズとして音楽活動をする意味を失ったポールは、この脱退宣言によりバンドを離脱。これを以って、ビートルズは実質的に解散となったのです。そして1970年12月には、ポールがビートルズの解散などを求める裁判を起こし、翌1971年3月12日、裁判所がポールの訴えを認めた結果バンドは正式に解散となりました。

事実上の解散から50年が経過した2020年現在においても、世界各国の音楽シーンにおいて絶大な影響を与え続けているビートルズ。人類の音楽史に残る偉業の数々を成し遂げた彼らの伝説は、これからも語り継がれていくことでしょう。

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