1973年
1973年最初のシングルは1月21日に発売された「早春の港」です。南沙織のファンであることで知られる吉田拓郎がラジオから流れてきたこの曲を聴いて感銘を受け、アンサーソングとして「シンシア」を作ったのだとか。
早春の港
「早春の港」は、1972年12月21日に発売されていたアルバム「早春のハーモニー」に収録されていた「ふるさとのように」という曲が原型です。当時のアイドルのアルバムはカバー曲が多いのですが、無視は出来ませんね。南沙織は、1973年には2枚のアルバムを出しています。
7枚目のシングル「傷つく世代」が、アルバム「傷つく世代」からの先行シングルとして5月1日に発売されています。
傷つく世代
こうした同世代の思いを歌ったことがそれまでのアイドルと一線を画したのでしょう。夏に向かって明るいというか、ロック風味の楽曲です。
7月には何故かいきなりアルバート・ハモンドの「カリフォルニアの青い空」をシングルで出し、翌月には秋用の曲「色づく街」を連続して発売。
色づく街
南沙織自身が代表曲のひとつと言うほどの素晴らしい曲。彼女にはミディアム・テンポの曲が合っているのかもしれないですね。とてもしっくりきます。
そして1973年最後のシングルは12月5日発売の通算9枚目となる「ひとかけらの純情」です。うん、これもいい曲。
ひとかけらの純情
コーラスから始まり、コーラスと南のヴォーカルの掛け合いで終わるという凝った作りの楽曲です。
ところで、コーラスといえばTHE ALFEEということで、彼らがこの曲をカバーしています。
1974年
3月21日に1974年最初のシングル「バラのかげり(作詞: 有馬三恵子、作曲・編曲: 筒美京平)」を発売したのち、12枚目のシングル「夏の感情」を6月21日に発売。
夏の感情
この曲のバックを務めたのはティン・パン・アレーです。ティン・パン・アレーといえば、細野晴臣(ベース)、鈴木茂(ギター)、林立夫(ドラムス)、松任谷正隆(キーボード)からなる音楽請負人というかスーパーグループ。なので、音は間違いなし!です。
で、そのティン・パン・アレーがバックを務めているライブアルバム「CYNTHIA IN CONCERT」なるものが存在しています。
CYNTHIA IN CONCERT
この頃の日本のライブ盤は面白いんですよね。楽曲リストを見ると驚きの何でもあり状態。もちろん南沙織も例外ではありません。このアルバムもそうです。節操がないというのか、やりたいことをやるだけさなのか、まさにフリーダム。あっぱれです。
以降、シングルは9月21日発売の「夜霧の街」。