ばんばひろふみさんのプロフィール
プロフィール
up-front create.
ばんばひろふみの経緯
ばんばひろふみさんのこれまでの経緯を駆け足でまとめてみます。
■1969年ジャッケルズを結成「あの空の彼方」でデビューしますが翌年1970年に解散。
■1971年バンバン結成、メンバーは、現在も歌手として活躍している高山厳さん、今井ひろしさんの3人。(一時4人になりますが、いちご白書~」の大ヒットの前に高山さん、もう一人の方の脱退があり、ばんばさんと今井さんの二人になります。
■1975年「『いちご白書』をもう一度」を発表。
■1977年バンバン解散
■1978年ソロデビュー
■1979年「SACHIKO」リリースし、大ヒットになる。
その後も、パーソナリティとして活躍します。俳優デビューもします。
フォーク界に残る名作『「いちご白書」をもう一度』
「いちご白書」をもう一度
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バンバンを結成してからヒット曲に恵まれず、ばんばひろふみさん自身は、ラジオのディスクジョッキーとして面白いトークでも人気で活躍していました。(ばんばさんの声も魅力の一つです)
そんな中ですでに1973年11月にファーストアルバム「ひこうき雲」を発売していた荒井由実さんの曲を耳にしたばんばさんが、その才能に注目し、どうにか曲をかいてもらえないか、松任谷正隆さんにお願いして、かいてもらったのが『「いちご白書」をもう一度』だったという事です。
当時、荒井由実さんは学生運動の曲を書きたいと思っていたところにばんばんとの出会いがあり、まさに荒井さんの中で曲のイメージとばんばさんのイメージで曲作りが合致した瞬間だったそうです。
学生運動と言うと日本では1968年~1970年頃の時代になり、荒井さんはちょうど中学生にその時代を過ごしています。その頃、有名芸能人や文化人が多く通っていたことで有名になっていたイタリアレストランの「キャンティ」に出入りしてます。
そんな環境にもいたことがある荒井由実と言うアーティストの曲、才能に魅了されたばんばひろふみさんが歌うことになった『「いちご白書」をもう一度』との出会いでした。
バンバンにとってこの曲で売れなかったら解散という思いでリリースした『「いちご白書」をもう一度』でした。
『いちご白書』とは
映画『いちご白書』
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荒井由実によってバンバンに提供された『「いちご白書」をもう一度』がリリースされたときに日本で映画「いちご白書」は無名に近い映画で、曲の大ヒットとともに見直された映画でもありました。
曲の歌詞の冒頭では、一組の学生カップルが、前に一緒に観に行った映画がリバイバルでまた公開される、それを授業をさぼり、また二人で出かけていく...というもの。
いつしか時の流れで、別れてしまった後も、この映画に触れる時にはその時代とともに君を思い出しているという歌詞の内容にキュンとして思いに浸った人も少なくないでしょう。
ばんばひろふみ最大のヒット曲『SACHIKO』
1978年にソロになったばんばひろふみさんです。ソロになって4枚目のシングル「SACHIKO」が空前の大ヒットでミリオンヒットになります!
『SACHIKO』の大ヒットで、日本中の「さちこ」という名前も大注目されたという状況にもなりました。
バンバンとしては、「いちご白書をもう一度」、ソロとしては「SACHIKO」と言うこの2曲が大ヒットとなっているので、どうしても一発屋的な括りにされてしまいますが、一発ではないとここでは申し上げることにします。
ここからばんばひろふみさんのプライベートに触れていきます。
ばんばひろふみの元妻は歌手・平山みきさん
平山みきプロフィール
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平山みきさんと言えば、艶っぽい鼻にかかったハスキーボイスが特徴でデビュー前は、銀座の音楽喫茶「メイツ」で歌っていた時代、平山さんのテープを耳にした作曲家・筒井京平さん、作詞家・橋本淳さんに気に入られ、この二人の楽曲でデビューすることになります。
2枚目シングル(当初はB面)1971年「真夏の出来事」がオリコン5位、50万枚の大ヒットします。次の「ノアの箱舟」も10万枚セールスを記録し、人気歌手になります。
ばんばひろふみさんの結婚
ばんばひろふみさんはソロになる前の年、1977年2月25日に大人気歌手だった平山みきさんと結婚します。ばんばさんが平山さんのファンで共演した際に猛アタックしたと言われています。
お二人の間には、1981年5月7日に一人息子・馬場鉱之信(ばんばひろのしん)さんが生まれています。(鉱之信さんは高校卒業後、アメリカに3年間の語学留学をし、24歳頃から高賀鉱之信(こうがひろのしん)の名前で俳優としてデビューしていましたが、その後、プロボクサーに転身、フランス留学(2010年)を経て、現在はボクシングジムでトレーナーをしている様です)
平山みきさん2017年4月22日放送有吉反省会出演されて語っています。
結婚して、しばらくは専業主婦として生活していた平山さんですが、1981年に芸能界に復帰しています。
おしどり夫婦ともいわれていたばんばさんと平山さんですが、その後、離婚してしまいます。その原因が気になるところです。
ばんばひろふみさんの離婚
1977年に結婚したばんばひろふみさんと平山みきさんですが、28年間の結婚生活は2005年に終わることになります。
おしどり夫婦になにが?と思った方も少なくないでしょう。ある日、ばんばさんの方から「好きな女性がいる」と告白されたそうです。当時、ばんばさんと平山さんはばんばさんの両親と同居もされています。
ばんばさんはその告白の後、家を出てしまったそうで、それでもそのうち、帰ってきてくれるだろうと4年間はばんばさんの両親と同居したままの生活を送ったとのことです。
ところがある日、ばんばさんのご両親から息子であるばんばひろふみさんが大事だと告げられたことで、同居していた家を出て行けと言われている様に感じた平山さんが家を出て離婚に応じた形となったそうです。
ばんばさんの相手の女性は当時、41歳でご主人と死別され、お子さんも二人いるとか。ばんばさんんは55歳位で、平山さんは56歳のころの離婚です。
50代半ばでこれから夫婦として余生にむかって....という時期だったかもしれないお二人の離婚ですが、自分の旦那からいきなり、好きな人がいると告白された妻の心境を察するとつらかったので華かとお察しします。
ばんばひろふみさんの再婚
ばんばさんから平山さんに対して別の女性への気持ちを告白され、別居となり、4年後、離婚をしますが、その後、詳しい時期の情報はありませんが、ばんばひろふみさんは再婚しています。
相手の方が「一般女性」ということでどんな方という事は分かりませんが、離婚原因になったあ女性であると思われます。
平山みきさんの方が再婚と言う情報がありません。
ばんばひろふみ☆現在の活動
『ブラザーズ5』の面々を見ると、その代表曲が浮かんできて、聴きたくなります。代表曲はこちら!
■杉田二郎:『ANAK (息子) 』(1978年)
■堀内孝雄:元アリスのメンバーでソロの代表曲「君のひとみは10000ボルト」(1978年)「愛しき日々」(1986年)
■高山厳:『心凍らせて』(1992年)
■因幡晃:『わかって下さい 』(1976年)
このメンバーのコンサートがあったら、すべての曲を生で聞いてみたいと思います。それだけ、名曲中の名曲を持っている方々の「ブラザー5」です。
まとめ
ばんばひろふみさんは一発屋?という方もいるかもしれませんが、『「いちご白書」をもう一度』『SACHIKO』の大ヒット曲を持ち、実は!ばんばひろふみさんの「声」のファンも多く、時代の名曲をばんばひろふみさんの声で聴きたいというほどファンも多いです。
そんな現在もミュージシャンとして活躍しているばんばひろふみさんはプライベートでは、おしどり夫婦と言われていた平山みきさんと離婚されてしまいましたが、最近の様子を拝見すると、ふっくらしていてお幸せなのかなと言う印象です。
最後の恋を離婚という代償で手に入れたというリアルなプライベートを持つばんばひろふみさんが今になって耳にする『「いちご白書」をもう一度』の様に誰と観た映画を思い浮かべるのでしょうかとちょっと思ってしまいました。