『ラブひな』とは?
4歳の時に、もう名前も覚えてない女の子とそんな約束をした浦島景太郎。15年後、彼は東大を目指して2浪していた。家を出て祖母が経営する温泉旅館を訪ねるのだが、いつの間にかそこは女子寮「ひなた荘」になっていた。管理人としてそこに一緒に住むことになった景太郎は、住人たちとドタバタを繰り広げながら東大合格を目指す。
これこそハーレムマンガ!
これが主人公・浦島景太郎の自己評価です。そんな冴えない男が、たくさんの女の子たちにモテてモテて囲まれ生活を送る。それがハーレムマンガというジャンルの基本パターンです。
このハーレムマンガの始まりは何かと遡るのは難しいのですが、1998年から連載の赤松健『ラブひな』から10年前、1988年から連載された藤島康介『ああっ女神さまっ』がひとつとして上げられるかと思います。これは同じく冴えない男のもとに、美しい女神さまたちがやってくるという展開になっています。
ちなみに、さらに10年前の1978年から連載された高橋留美子『うる星やつら』があるのですが、これはたくさんの女性キャラクターたちが登場するものの、皆が主人公を好きな訳ではないという理由で、ハーレムマンガとは呼ばれることはあまりないようです。
さて、その『ラブひな』なのですが、今も続くハーレムマンガの歴史の中で、とても重要な作品だと位置付けられているようです。その理由のひとつとしては、恋愛ゲームの文化を大きく取り入れた、最初期のマンガだということがあげられるでしょう。
恋愛ゲームとは?
恋愛ゲームとは「たくさんの女の子が出てくる中、主人公の行動によってストーリーが変わり、最後に結ばれる女の子が変わる」というジャンルのゲームです。
懐かしの代表作としては1994年発売の『ときめきメモリアル』があげられるでしょう。これは主人公が「卒業式の日に、校庭にある樹の下で女の子から告白されて誕生したカップルは、永遠に幸せになれる」という伝説のもとに高校生活を送るというゲームです。
その設定からして、『ラブひな』は『ときめきメモリアル』に似ていますね。
そして恋愛ゲームの特徴として、そのゲームの中で一番美しかったり優しかったりする、メインヒロインがいます。
その他の女の子たちは、サブヒロインと呼ばれます。メインではないものの、彼女たちもまた恋愛対象になるヒロインたちである、というところが恋愛ゲームの最大のポイントです。
そしてこのサブヒロインたちは、他のキャラクター同士との差別化をはかるため、みな個性的だったりします。
ある子は「引っ込み思案で泣き虫な妹的存在の女の子」、ある子は「スポーツ好きで自分をボクと呼ぶボーイッシュな女の子」という風に、極端なキャラクターであることが多くなっているようです。
まとめると、恋愛ゲームとは基本的に、そんなたくさんの女の子たちから好意を抱かれたりしながら生活し、恋人になることを目指すゲームなのです。
『ラブひな』は、この要素を大きく取り入れています。成瀬川なる、というメインヒロインを中心にして、ひなた荘に住む個性的なサブヒロインたちから好意を抱かれながら生活するというマンガなのです。
では、ひなた荘に住む、そんな女の子たちを紹介しましょう。
成瀬川なる(17歳)
メインヒロイン。景太郎と同じ東京大学を目指す現役受験生。成績優秀で、模試では全国トップを取ったこともある。すぐ殴る。やがて景太郎を恋するようになる。
前原しのぶ(13歳)
泣き虫な、妹的存在のキャラクター。最初に景太郎へ恋心を抱いた。
青山素子(16歳)
いつも道着姿の和風キャラクター。剣道部で、昔から続く神鳴流という剣術の使い手。日本刀を持ち歩いている。最初は一番景太郎を嫌っているが、やがて恋心を抱くようになった。
カオラ・スゥ(12歳)
元気な妹的キャラクター。肌は褐色。赤い満月の夜に月光を浴びると、大人っぽく変身するというファンタジー的な設定を持つ。景太郎を好きだと無邪気に公言するが、異性としても恋心を持っていると思われる。
紺野みつね(19歳)
色気で誘惑したりするお姉さん的キャラクター。関西弁を話す。いつも冗談めかしているが、やはり景太郎のことが好きだと思われる。
ストレスのない、居心地のよい世界
『ラブひな』には、たくさんのサービスシーンがあります。舞台の女子寮が元温泉旅館ということもあって露天風呂があり、いつも女の子たちは裸になります。それを景太郎がのぞいてしまう、というのが典型的なパターン。あとは何故か、着替え中に良く鉢合わせしてしまいます。
そんな時に景太郎は殴られてしまうのですが、あくまでもギャグテイストで描かれているので、そこから本当の痛みは伝わらることはないように思います。もちろん「理由がどうあれ他人を殴るようなキャラクターは嫌」という方もいらっしゃるでしょうが、ギャグなので読者を不快にさせることはきわめて少ないでしょう。
読者を不快にさせない、つまり読者にストレスを与えないというのは『ラブひな』世界のとても重要なポイントです。
景太郎は2浪から始まり、結局3浪してしまうのですが、そこに悲壮感はありません。不合格になって泣くシーンもあるのですが、それもまたギャグの一環であり、読者が読んでいて特別辛い気持ちになることはまずないでしょう。
電話でしか両親が出てこない、というのも重要です。浪人していることを責める者もなく、景太郎は楽しく浪人生活を送ります。
3浪した後だって景太郎は傷心旅行だと言って京都、鹿児島、沖縄まで行きます。帰って来てからはアルバイトをし、夏には海の家で働きます。作中のセリフによると不合格の後、7月までは一切勉強をしていないようです。
幸せになれる道
これも景太郎のセリフです。
衣食住に不安はない。浪人を責める両親もいない。隔離されているので世間の目もない。毎日、可愛い女の子たちに囲まれている。東大に合格するために楽しく勉強しようと決めている。将来はどうするか悩む必要も特にない。
いつまでも読者もいたくなるような、安心の世界。『ラブひな』が人気を獲得したのは、そんなできるだけストレスのない世界を読者に提供したことにあるのではないでしょうか。
ちなみに、瀬田という成瀬川の憧れであったキャラクターが登場するのですがが、これも恋のライバルにはなりません。それはライバルというものが、読者に大きなストレスを与えるからでしょう。
また「東大に入れば彼女だってできる」と景太郎は信じて疑っていません。彼女が欲しい景太郎にとっては、東大に入りさえすれば人生は大逆転できるものなのです。
そのような分かりやすい「幸せになれる道」が提示されていることも重要でしょう。
東大合格後も物語は続くのですが、この安心の世界はさらに女性キャラクターを増やして続いていくのでした。
現在の作者・赤松健
作者の赤松健は『ラブひな』以降、女子高のひとクラス全員がヒロインであるという『魔法先生ネギま!』を2003年から連載。ちなみにAKB48はデビューが2005年ですから、時代の先取り感がありますね。
それから『UQ HOLDER! 〜魔法先生ネギま!2〜』を2019年現在、別冊少年マガジンで連載しています。
マンガ家以外の面としては、2008年に株式会社Jコミを設立し、代表取締役社長に就任しました。これは絶版(すでに出版社が著作権を持っていない作品のこと)になったマンガを無料で公開、またはダウンロード販売し作者に利益を還元するという目的のために設立された会社です。
サイト名はJコミからスタートし、現在はマンガ図書館Zとなっています。
ここではたくさんのマンガを読むことができるのですが、『ラブひな』全14巻も無料で読むことができます。
この機会に懐かしのハーレムマンガを読み、安心の世界にひたってみるのも楽しいのではないでしょうか。