成田美名子とは?

成田美名子は、1960年生まれのマンガ家です。若干17歳で、白泉社の『花とゆめ』でデビューしました。その画風は極めて繊細で美しく、画集はすでに10冊以上も出版されています。同じく白泉社の『LaLa』に絵の上手いマンガ家が多いと言われるのは、彼女に惹かれて才能ある者が集まったからだ、と語る編集者もいるようです。
そうしてやはり、その絵の美しさが語られがちなマンガ家ではあるのですが、今回はその物語の素晴らしさ、メッセージ性に注目したいと思います。
2019年現在も『花よりも花の如く』という作品を連載中ではありますが、ここでは1985年から1990年にかけて連載された『CIPHER(サイファ)』と、1991年から1994年にかけて連載された『ALEXANDRITE(アレクサンドライト)』を取り上げたいと思います。
『CIPHER』1985~1990年連載

あらすじ
舞台はニューヨーク。美術学校に通う15歳の女の子アニスは、同じ学校に通うシヴァと友達になりたいとアタックする。シヴァは7歳の頃から子役として活躍している人気俳優だった。彼には双子の弟がいて、名前はサイファ。ある晩アニスは、街で暴漢に襲われた女性を助けようとする。結局シヴァに助けられるのだが、その時、彼はてのひらに怪我をしてしまった。それが目印になって、アニスは双子の重大な秘密に気がつく。それはシヴァとサイファが二人で一役になり、一日交代でシヴァとして学校に通っているということだった……。
メインキャラクターたちの特徴
アニス
美術学校に通っている元気な女の子。まだまだ子供っぽい面が多い。額に小さなほくろがあって、これを「カインの印」と重ねて見ている。これは聖書に載っている兄カインが弟アベルを殺したという、人の罪についての一説に出てくるもの。
アニスは昔、自分のせいで弟を交通事故に遭わせてしまったと、自分を責め続けているのだった。
サイファ
双子の弟。サイファは芸名で、本名はロイ・ラング。
兄よりも感情が出やすい。ドラッグをやっていた過去がある。アニスの恋人になる。
シヴァ
双子の兄。シヴァは芸名で、本名はジェイク・ラング。
弟よりも感情表現が下手。女優の卵であるディーナを好きになる。高校卒業を期に役者を辞めた。
「カインとアベル」

マンガは冒頭から、先ほど引用した「カインとアベル」の一節から始まります。
つまりこれは少女マンガではあるけれど、本当に書きたいテーマは「人の罪」についてなのだ、という作者からの宣言なのでしょう。
この「カインとアベル」は、ジョン・スタインベックの小説『エデンの東』のモチーフにもなっています。ジェームス・ディーン主演で1955年に映画化されていますね。ちなみに作品中で『東のエデン』をテレビで観て泣くシーンもあり、重要な要素のひとつとなっています。
ストーリーの見所
サイファとシヴァは二人で一役ができるほど外見は似通い、また周囲に気付かれないほど性格を一致させることができます。それは二人とも役者であるからだけでなく、二人が過度に頼り合う、一種の共依存関係にあるからでしょう。二人共それぞれ辛い過去があり、お互いにその傷をかばい合って生活しているのです。
そんな二人なのですが、ある事件をきっかけにサイファはロサンゼルスへ行くことを決意し、ニューヨークに残るシヴァと離れ離れになるのでした。
愛情を抱きながらも、それでも相手を傷付けてしまった罪悪感を解消することができず、複雑な思いを抱いて悩む二人。しかし、それぞれに素晴らしい友人ができることで、二人は少しずつ自立に向けて歩き出していきます。
サイファには「ハル(竹下春臣)」。シヴァには「アレクサンドラ・レヴァイン」。この友人たちとのやり取りが、二人を大きく成長させていくのです。
「罪悪感」を乗り越え、そしてハッピーエンドへ
他の登場人物たちもみな、心に問題、一種の「罪悪感」を抱えています。アニスは弟を事故に遭わせてしまっただけでなく、両親の離婚にも責任を感じています。サイファやシヴァもお互いにだけでなく、両親についても「罪悪感」を抱き、一方、彼らの両親も子供に対する「罪悪感」を持っています。友人のハルやアレクサンドラたちでさえも、そのような思いを持っています。
これらはとても重いテーマです。しかし暗い中にも、愛情という光があり、主人公たちには悩んでいても、それを乗り越えていきたいという前向きな意思があります。
そして最後はみなが成長し、その問題を乗り越えてハッピーエンドを迎えるのです。
『ALEXANDRITE』1991~1994年連載

あらすじ
『CIPHER』で重要な役をつとめたアレクサンドラ・レヴァインを主人公にしたスピンオフ作品。時系列としては『CIPHER』の後。そのため、各キャラクターたちのその後も描かれた続編的な内容にもなっている。
コロンビア大学に入学したアレクサンドラは、母親から宝石「アレクサンドライト」を譲り受けた。それは赤と緑に、光の具合で色が変わる珍しい宝石だった。それが先祖代々に伝わったきたものだと知ったシヴァは、「アレクサンドラが次の人に、つまり恋人に渡す年齢になったのだ」という証だと言うが……。
メインャラクターたちの特徴
アレクサンドラ・レヴァイン
コロンビア大学の学生。女性名であることと、女顔のルックスにコンプレックスを抱いている。それを克服したくて空手と柔道を習い、共に黒帯を会得するほどの腕前。ギリシア人である実父は行方不明。義理の父親との関係は良くない。
アンブローシア・ハート
アレクサンドラの幼馴で、片想いの相手。個性的で豪快な性格。最初は彼のことを友人としてしか見ていないが、次第に男性として意識していくようになる。
ストーリーの見所
『CIPHER』は、それぞれのキャラクターが心に問題を抱えていてそれが大きなテーマだったのですが、本作では主人公の交代によって性格が明るくなったため、作品の雰囲気も明るくなりました。それでも、それぞれコンプレックスなどを抱えているのは、やはり作者の味なのでしょうか。
「ニューヨーク、好きだぜ!」
名シーンはいくつもあるのですが、最初の方では、アレクサンドラがニューヨークマラソンに参加する場面が印象に残っています。
沿道のボランティア参加者たちがランナーを応援する姿に、彼は「ふだんいがみ合ってたやつも、明日は殺し合うかもしれないやつも」関係なく応援しているのだと感じ、「ちくしょー、ニューヨーク、好きだぜ!」と思うシーンです。
どんな人間にも、目の前の相手を思いやれる気持ちがあるのだという、美しいシーンだと思います。
懐かしいポイント
作者が当時ハマっていたミュージシャンの名前がたくさん出てきます。
トンプソン・ツインズ、ビリー・ジョエル、マイケル・ジャクソン、フィル・コリンズなどなど。これらは大きな扱いではありませんが、その名前だけでも懐かしく思う方がいらっしゃるのではないでしょうか。
他、『グレムリン』のギズモなども登場するのですが、今回再読して印象深かったのはツイン・タワーこと、ワールドトレードセンターです。これは2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロで、標的となって崩壊してしまいました。マンガの中での健在な姿に、犠牲者のことを思わずにはいられませんでした。
メッセージの深さ
『CIPHER』も『ALEXANDRITE』も、各々が心の問題を解決して一人の人間として「成長」し、そして今までうまく関係を築けなかった他人との関係が「再生」していく物語だと言えるのではないでしょうか。
成田美奈子は、あるテレビ番組で「前作『エイリアン通り(ストリート)』の愛読者が、いじめを苦に自殺したことを知り、メッセージを込めた『CIPHER』を描いた。生きてさえいればいつか問題は解決するんだと伝えたい」というような発言をしていました。
この明るさと強さこそが、成田美名子の、そしてこの2作品の最大の魅力ではないかなと思っています。
アメリカに熱心に取材旅行もして描かれた本作を通して、アメリカに興味や憧れを抱いた方も多いと聞いています。
絵の美しさだけでなく、読み応えのあるマンガとして魅力的ですので、懐かしく思われた方も再び、そしてまだ読んだことのない方にも、ぜひ手に取っていただけたらと思います。