有名人が設立した芸能事務所について
はじめ大手の芸能事務所に所属していた芸能人が、独立する形で事務所を立ち上げることって結構ありますよね。
最近では独立後はほぼ自分一人のマネージメントがメインで、芸能人をほとんど抱えていない個人事務所が多いと思いますが、昔は独立後に事務所を大きくすることが当たり前の様になっていたと感じます。
今回はそんな比較的懐かしい時代に有名人が設立した、大所帯の芸能事務所を特集してみたいと思います。
石原プロモーション
故石原裕次郎さんの奥様である石原まき子さんが代表取締役会長を務めている石原プロモーションには、渡哲也さんを筆頭に神田正輝さん、舘ひろしさんなどの有名人が所属しています。
芸能事務所・制作プロダクションではありますが、撮影用機材・クルーを現在も自社で保有しており「映画製作会社」と名乗っています。
石原プロモーションというと私は炊き出しを思い浮かべます。この炊き出しは多くの人達に支持されていると思います。
最近では事務所内でさざ波が立っている様な情報もありますが、石原プロモーションの皆さんにはこれからも活躍し続けて頂きたいですね!
勝プロダクション
勝プロダクションは、1967年に勝新太郎さん自らが設立した映画製作会社です。
1981年に12億円の負債を残し倒産しました。
勝新太郎さんはもともとは現在の角川映画にあたる大映に所属しており、市川雷蔵さんと大映の2枚看板として「カツライス」と称され、その屋台骨を支えていました。
勝プロダクションは、既に経営が立ち行かなくなった末期の大映が傾倒した、若者向けの暴力・エロ・グロ路線の作品とは一線を画し、時代劇の伝統を絶やさぬように映画制作を続けました。
しかし、膨大な赤字を抱えて経営が立ち行かなくなり倒産します。
その後、奥様の中村玉緒さんを社長とした勝プロモーションを設立するものの、不祥事が相次ぎこちらも上手くいきませんでした。
勝新太郎
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三船プロダクション
三船プロダクションは、もともと東宝に所属していた三船敏郎さんが会社から「君はプロダクションを作り、仕事を回すから自分のところで映画を作るように」と言われて設立した経緯があります。
設立から4年後には東京都世田谷区成城と調布市入間町にまたがる敷地に、時代劇も撮影できるオープンセットのある撮影所を建設し、「東京で唯一時代劇が撮れるスタジオ」と言われていました。
尚、世田谷区側にセットを建てられるほどのスタジオが3つと、通り、川端、長屋、そしてバス通りを渡った調布市側に道場を含むオープンセットが存在する程、大規模な敷地面積を保有していました。
また、三船プロダクションの特徴として、ほとんどのスタッフがプロダクション専属で仕事をしており、大手の映画会社に次ぐ規模であったと言われています。
ちなみに、ロゴマークは三船家の家紋を用いています。
三船敏郎
ファイル:Toshiro Mifune 1954 Scan10003 160913.jpg - Wikipedia
中村プロダクション
中村プロダクションは1968年に萬屋錦之介(よろずやきんのすけ)さんが設立した芸能プロダクションです。
ロゴマークとなる定紋は桐蝶をあしらっています。