米国を代表するマルチエンターテイナーのバーブラ・ストライサンドに纏わるよもやま話

米国を代表するマルチエンターテイナーのバーブラ・ストライサンドに纏わるよもやま話

バーブラ・ストライサンドってどんな人だっけ?という質問をすると、ある人は歌手と答えるだろうし、はたまた女優、或いは映画監督等等、答えはマチマチに返って来るに違いない。ただ、これらの回答は全て間違いではなく一部の彼女としては当たっているのだから・・・。実は彼女は過去にアカデミー賞2回、エミー賞6回、ゴールデングローブ賞11回、グラミー賞10回、トニー賞1回の授賞歴を誇り、米国を代表するマルチエンターテイナーなのだ!!。 ここでは歌手中心にお話する。


バーブラ・ストライサンドを最低限、知っていても損はない!!

ちょいと昔、国会衆院の外務委員会か予算委員会か証人喚問かで(どちらか忘れた!!)、野党の辻元清美衆院議員が当時与党だった鈴木宗男衆院議員を「疑惑の総合商社」と呼んだことは記憶に新しいことであるが、今私が書こうとしているバーブラ・ストライサンドは「”エンタ”の総合商社」と言っても過言ではないと私は思っている。

バーブラ・ストライサンド(Barbra Streisand、本名Barbara Joan Streisand, 1942年4月24日 - )は、アメリカ合衆国の歌手、女優、作曲家、映画プロデューサー、映画監督。

本名	Barbara Joan Streisand
生年月日	1942年4月24日(76歳)
出生地	米国、ニューヨーク州
国籍	米国
職業	歌手、女優、作曲家、映画プロデューサー、映画監督
活動期間	1963年 -現在

今もなお現役で活動中!!

映画「ハロー・ドーリー!」(1969年)の一場面

バーブラはロシア系ユダヤ人の家系に生まれた!!

バーブラ・ストライサンドは、米国ニューヨーク市のウィリアムズバーグにおいてロシア系ユダヤ人の家族のもとで、グラマースクールで文法学の教師をしていた父親のエマニュエル・ストライサンドと青年期にソプラノ歌手であった母親のダイアナの娘としてこの世に生を受け、バーバラ・ジョアン・ストライサンド(Barbara Joan Streisand)と名づけられた。

1歳頃のバーブラ

生後まもなくして彼女はブルックリンへと引っ越し、1943年8月、バーブラが生まれて15ヵ月後に父親のエマニュエルがてんかん発作を起こし、その合併症から34歳で突然死してしまった。彼女にとって、この”事件”が彼女の人生をも狂わすこととなった。彼女の母親も懸命に働いたが、貧困状態に陥り、彼女の回顧録によると、「私は母からの愛が欲しいときにパンをくれた」語っている。

1949年に母親のダイアナは、中古車セールスマンであったルイス・カインドと再婚したが、バーブラに対しては段々と精神的な虐待をし始め、関係は良くなかったそうだ。

笑顔の奥に”憂い”を感じるのは私だけかな??

8歳頃のバーブラ

バーブラは母親がソプラノ歌手で "偉大な声"を持って、時々歌ってたことを思い起こすそうだ。彼女が13歳の時にキャッツキルズを訪れていた時、彼女と彼女の母親はテープで歌を録音したのだが、この母とのセッションが、バーブラにとって『もしかして、私も才能があるかも!?』と思った最初の瞬間だったという。

13歳頃のバーブラ

母親はバーブラの容姿や歌唱力に対してあまり魅力的ではないと感じ、娘にショービジネスを勧めることはなかった。しかしこのことが、バーブラが長年、エンターテイメント界での数々の成功にもかかわらず自分の容姿にコンプレックスを持ち続けた理由ではないかとされている。

バーブラは16歳の時には、彼女自身が生計を立てていたが、彼女は収入を多く得るために様々な職を転々とし、ある時は、彼女は一定の住所がなく、友人の家で寝たり、賃貸料を節約するために軍用ベッドの持ち歩いていたりもした。

17歳頃のバーブラ

彼女は1960年代初めに「サウンド・オブ・ミュージック」のLunt-Fontanne劇場でアシスタントとして働いていたが、キャスティング・ディレクターが歌手のオーディションをすることを聞きつけ、受けるが、あいにく不合格にはなったものの、彼女の才能を認識したという。その後、ボーイ・フレンドの助けもあり、ニューヨークのクラブで歌い出すようになった。また、ブロードウェイの小演劇にも出演していたという。

米国でもある芸能人の”改名”!!

日本でも歌手が売れない時などに芸名を改名してヒットに繋げようとしていますよね!!。日本では一番有名なのが”五木ひろし”ではないでしょうか!?彼は「よこはま、たそがれ」をヒットさせる前には何回も改名したそうです。
このようなことは日本だけと思っていたら大間違い!!。海を渡った米国でもあるのだが、当のバーブラ(Barbra)も本名であるバーバラ(Barbara)から改名しているそうだ。(名前の2番目のaを失くしている) 古今東西やることは一緒みたいですね!!。

1962年頃より本格的に芸能界デビュー!!

1962年にはミュージカル『あなたには卸値で』でブロードウェイに出演し、その後コロムビア・レコードと契約を結んだ。彼女のデビューアルバム『ザ・バーブラ・ストライサンド・アルバム』は1963年に2つのグラミー賞を受賞した。その後、彼女の人気は低迷することなく、デビュー作から3作目までが同時にビルボードのポップ・アルバム部門のトップテンに入った。当時はロックンロールやビートルズがヒットチャートの大半を占めていたことから、彼女の功績は異例の快挙だった。

1962年頃のバーブラ

ブロードウェイの実在の人物である伝説の喜劇女優、ファニー・ブライスの生涯を題材にした、ジュール・スタインとボブ・メリルの音楽による1964年の『ファニー・ガール』は、『あなたには卸値で』におけるストライサンドのパフォーマンスを見た大物プロデューサーであるレイ・スタークが彼女のために制作したブロードウェイ・ミュージカルであったという事実からしても、バーブラが一流スターの階段を着実に登っていたことを証明している。
なお、彼女の最初に出演した映画は、ブロードウェイでの最初のヒット作『ファニー・ガール』(1968年)の翻案だったが、芸術的、商業的成功を収め、1968年のアカデミー賞最優秀女優賞を、キャサリン・ヘプバーンと共に同時受賞する。これはアカデミー賞で初めての出来事であった。

1966年頃のバーブラ

『ファニー・ガール』(Funny Girl)は、1968年制作の米国映画。ブロードウェイで活躍した喜劇女優ファニー・ブライス(en:Fanny Brice、1891 - 1951)の半自伝的ミュージカル(1964年にブロードウェイで初演)の映画化。舞台版に引き続きブライスを演じたバーブラ・ストライサンドがアカデミー主演女優賞を受賞したことでも有名。

監督	ウィリアム・ワイラー
脚本	イソベル・レナート
製作	レイ・スターク
出演者	バーブラ・ストライサンド

ファニー・ガール [DVD]

ファニーは “ショウ・ビジネスでは成功しない”という、知人のおばさんの占いが見事に外れ、彼女はジークフェルド氏(W・ピジョン)の舞台に立つようになる。その手引きをしてくれたのは、有名なギャンブラーのニック(シャリフ)だった。彼女は彼に恋をする。だが、つれない放蕩児の彼が再びファニーに会ったのは一年後ボルチモアでのこと。競馬で持ち馬を出走させる彼は彼女に求婚するつもりでいたが大損し、面目ないのでこれから豪華客船に乗り込みポーカーで一稼ぎするつもり、と告げて立ち去る。ファニーは、すでに出港した客船をタグ・ボートで追いかけ自ら彼の胸に飛び込んで行く・・・。

1969年は脱皮の年!!

1970年代のあいだ、ストライサンドは「追憶」「スター誕生/愛のテーマ」「ノー・モア・ティアーズ」や「ウーマン・イン・ラヴ」など、主に彼女の映画のサウンドトラックに使用された楽曲でチャートの首位に輝き、ポップチャート上でも際立った存在だった。

『追憶』(ついおく、The Way We Were)は、1973年の米国映画。シドニー・ポラック監督。脚本を書いたアーサー・ローレンツは、大学時代に体験した学生運動を元にストーリーを練り上げた。

監督	シドニー・ポラック
脚本	アーサー・ローレンツ
製作	レイ・スターク
出演者	バーブラ・ストライサンド
    ロバート・レッドフォード

追憶 コレクターズ・エディション [AmazonDVDコレクション](1973年)

主義主張を貫くべきか、世間に合わせてよろしくやっていくべきか、本来なら一人の人間が葛藤するところを二人の男女に分けて、歩み寄れるか否かをシミュレーションした作品になっている。
私はこの映画を見たのは大学生だったので、だいぶ感化された思い出がある。また当時ラジオでバーブラのこの歌が流れない日はなかったような・・・。

『スター誕生』(スターたんじょう、原題: A Star Is Born)は、1976年に公開された米国の映画である。1937年の映画『スタア誕生』の1954年版に次ぐリメイクだが、舞台を映画業界から音楽業界に変更している。また登場人物の名前も一部異なっている。主演のバーブラ・ストライサンドが作曲して歌った主題歌「スター誕生の愛のテーマ」が大ヒットし、アカデミー歌曲賞やグラミー賞最優秀楽曲賞などを受賞した。

監督	フランク・ピアソン
脚本	ジョン・グレゴリー・ダン
   ジョーン・ディディオン
   フランク・ピアソン
原案	ウィリアム・A・ウェルマン
   ロバート・カーソン
製作	ジョン・ピーターズ
製作総指揮	バーブラ・ストライサンド
出演者	バーブラ・ストライサンド
    クリス・クリストファーソン

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バーブラ・ストライサンド

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