異常な孤独感から遂には精神を病んでしまったヴィヴィアン・リーに纏わるよもやま話

異常な孤独感から遂には精神を病んでしまったヴィヴィアン・リーに纏わるよもやま話

私の知り合いで日本に住んでいる米国人については、先日ちょろっと口を滑らせてしまったが、またまた彼のリクエストにより、今回はヴィヴィアン・リーを話題にして見ようと思う。ちなみに、私が若い頃は彼女のことを「ビビアン・リー」と表記していたような記憶があるが、今は”V”の発音をいつの間にやら”ヴ”と表記しだしていたんですね?!


『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラ役以上の波乱万丈人生!!!

ヴィヴィアン・リーと言えば、誰が何と言おうと『風とともに去りぬ』の主人公であるスカーレット・オハラ役で出演し、アカデミー主演女優賞を受賞したことだろう。映画ではスカーレットという女性の波乱万丈の半生を描いている訳であるが、それを演じた女優のヴィヴィアン・リーの実半生がスカーレット以上の波乱万丈なものであった。

ヴィヴィアン・リー(Vivien Leigh, Lady Olivier、1913年11月5日 - 1967年7月8日)は、英国の女優。1939年の映画『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラ役と、1951年の映画『欲望という名の電車』のブランチ・デュボワ役でアカデミー主演女優賞を受賞した。彼女はわずか全14映画作品にしか出演(主演・共演)していないのにも拘わらず、アカデミー主演女優賞を2回も獲っており、他の女優と比べれば、かなりの高確率と言わざるを得ない。

本名	ヴィヴィアン・メアリ・ハートリー(Vivian Mary Hartley)
生年月日	1913年11月5日
没年月日	1967年7月8日(53歳没)
出生地	英国領インド帝国・西ベンガル州ダージリン
死没地	英国・ロンドン・ベルグレイヴィア
国籍	英国

『風とともに去りぬ』に出演した頃のヴィヴィアン・リー

ヴィヴィアンの両親は”超”が付くセレブであった!!

ヴィヴィアン・リーは英印軍騎兵隊将校ではあったが、本は富裕な株式仲買人である父親アーネスト・ハートリーと母親ガートルード・メアリ・フランセスとの間に、1913年11月5日に英国領インド帝国ダージリンのセント・ポール・スクールの寄宿舎で一人娘としてこの世に生を受けた。彼女はヴィヴィアン・メアリ・ハートリーと名づけられた。

ヴィヴィアンの母親と

母親のガートルードは敬虔なローマ・カトリック教徒であり、自身の家系はアイルランドとアルメニアを祖とすると信じていたが、旧姓「ロビンソン・ヤーチ(Robinson Yackje)」のYackje(Yackjeeとも表記)から、インド人との混血である可能性が指摘されており、また、それがヴィヴィアンの東洋的美貌の理由であるとも言われている。

6歳のときにヴィヴィアンは母ガートルードの意向でインドを離れて、それまで通っていたダージリンの学校からロンドン南西部のローハンプトン (en:Roehampton) のカトリック女子修道院付属学校(現在のウォルディンガム女学校 (en:Woldingham School)) に転入した。かなりの”教育ママ”だったのね!?。

お気に入りの飼い犬と(1917年頃)

その後ヴィヴィアンは父アーネストのヨーロッパ旅行についていくかたちで修道院付属学校を退校した。ヴィヴィアンは父に従ってヨーロッパ各地の学校を転々とし、アーネストとヴィヴィアンがイギリスに戻ったのは1931年のことだった。

実は若い頃に演劇を心ざしたこともあった父の影響もあったのだろうか、ヴィヴィアンは修道院時代に舞台への憧れを育んでいき、18歳の時に両親の許可を得て、一年限りのイギリス王立演劇アカデミーに入学するようになる。

”ベッピン”に成長した頃

イギリス王立演劇アカデミーに入学を許可させる裏取引!!

実は両親は、俳優・女優と言う経済的に不安定で不規則な生活になることを危惧して結婚することを薦めていたのだった。しかし、ヴィヴィアンがまったく関心を示さなかったため、父が1年間限りの条件で、イギリス王立演劇アカデミーへ入ることを認めたのだった。

ヴィヴィアンは女友達から紹介された13歳年上の青年弁護士ハーバート・リー・ホルマンと付き合うようになり、彼のプロポーズを受け入れ、知り合って半年後の1932年12月20日、ロンドン、セント・ジェームズ寺院で結婚式を挙げる。

ヴィヴィアンの結婚式

ヴィヴィアンは王立演劇学校を退学し、1933年10月12日に一人娘のスーザンを出産している。ちょうど彼の父との約束を果たした恰好になる訳だが、この時、ヴィヴィアンは19歳であったことも注目に値する。

だが、演劇への情熱は消えぬどころか・・・

恵まれた結婚生活を手に入れたものの、当時の因習の強い英国の旧家で主婦として暮らすことになるが、演劇への情熱は衰えるどころか、3ヶ月後には夫の許しを得て再び王立演劇学校へ通うようになる。結局、女優になる夢は捨てきれなかったのだ。それに彼女の夫はヴィヴィアンが子どもと家庭に身を捧げるには彼女の才能(能力・容姿・若さ)があまりにも勿体無いと考えたようで、ヴィヴィアンが映画に出演することを認めざるを得なかったのだろう。

さて、肝心の彼女が出演した秀逸の映画は??

その1.『風と共に去りぬ』(1939年)

『風と共に去りぬ』(かぜとともにさりぬ、原題: Gone with the Wind)は、1939年に製作された米国映画。カラー製作、スタンダードサイズ。監督はヴィクター・フレミング。日本での初公開は戦後の1952年。

監督	ヴィクター・フレミング
脚本	シドニー・ハワード
原作	マーガレット・ミッチェル
製作	デヴィッド・O・セルズニック
出演者	ヴィヴィアン・リー
    クラーク・ゲーブル

1940年のアカデミー賞で作品賞、監督賞、主演女優賞(ヴィヴィアン・リー)、助演女優賞(ハティ・マクダニエル・黒人俳優初)、脚色賞ほか特別賞を含め9部門を受賞した。

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仮に、世界のあらゆる映画の中から1本選べっていう話になったら、やっぱりこの映画になるだろう。「七人の侍」だ、「戦艦ポチョムキン」だ、いろんな意見はあるでしょうけど、その時代の最高の技術、莫大な資金、その後の映画にもたらされた影響力となると、なかなか他の映画の追随を許さないと思える。第二次大戦中にこの映画を鑑賞したとある日本の海軍軍人が、「こんな映画を作った国家に戦争を仕掛けた日本は何て馬鹿なことをしたんだろうと笑われてしまう!!」と言ったか言わなかったとか・・・。

1939年初公開時のポスター

その2.『哀愁』(1940年)

『哀愁』(あいしゅう、原題:Waterloo Bridge)は、1940年公開の米国映画。もともとは1930年6月6日に、劇作家ロバート・シャーウッド作の2幕の舞台劇としてブロードウェイで初演されたもので、1931年にジェームズ・ホエール監督で映画化されている。

監督	マーヴィン・ルロイ
脚本	S・N・バーマン
ハンス・ラモー
ジョージ・フローシェル
原作	ロバート・E・シャーウッド
製作	シドニー・フランクリン
出演者	ヴィヴィアン・リー
    ロバート・テイラー

哀愁 [DVD] FRT-010

まさに究極の美男美女ロマンスだ!!
冒頭、ロマンス・グレーのロバート・テイラー大佐が、軍帽を、ちょいとハスに被って登場、過去の思い出に浸るシーンからしてニヤニヤしてしまう。(こんな二枚目の“大佐”で、戦争勝てるのかい?と思わず”つっこみ”!!)
回想形式が上手く使われて効果的だ。「蛍の光」の調べも、どこか哀しい。
そして、主役のヴィヴィアン・リー!男優至上主義の私が唯一認める、というか、彼女こそ、戦後派男優スターの面構え(K・ダグラスやR・ウィドマーク!)に拮抗できる≪美貌≫を持った、唯一の女優さんだと改めて思う。あの目、あの眉!!凄い人だ。

本作で主演のヴィヴィアン・リーは、前年製作の『風と共に去りぬ』では乱世を生き抜く強い女性を演じたが、本作ではその反対のか弱い踊り子を見事に演じているから、女優というのはまさに怖い。

日本公開時のポスター

その3.『欲望という名の電車』(1951年)

『欲望という名の電車』(よくぼうというなのでんしゃ、A Streetcar Named Desire)は、1951年の米国映画。テネシー・ウィリアムズによる同名戯曲の映画化作品で、ウィリアムズ自身が脚本にも参加している。この作品でヴィヴィアン・リーがアカデミー主演女優賞とヴェネツィア国際映画祭女優賞、カール・マルデンがアカデミー助演男優賞、キム・ハンターがアカデミー助演女優賞とゴールデングローブ賞女優賞を受賞している。

監督	エリア・カザン
脚本	テネシー・ウィリアムズ
   オスカー・ソウル
原作	テネシー・ウィリアムズ
製作	チャールズ・K・フェルドマン
出演者	ヴィヴィアン・リー
    マーロン・ブランド
    カール・マルデン
    キム・ハンター

欲望という名の電車 日本語吹替版 ヴィヴィアン・リー マーロン・ブランド DDC-023N [DVD]

貴婦人ぶってはいるが、父を亡くし家を失った故郷で放蕩の限りを尽くし、未成年誘惑のかどで追われるようにして都会に出た、もう若くはないアル中の南部女ブランチ・デュボワを、曲がりなりにもスカーレット・オハラだった女が演ずるということがハリウッドにどれだけ衝撃w2おもたらしたのだろうか?。V・リーは「風と共に去りぬ」に次ぐ第2のピークを本作で迎え、以後、映画ではこれに匹敵する演技を残さず逝ってしまった。一人のスター女優を燃やし尽くしてしまった、この作品の持つ“熱”・・・。彼女が訪ねるニューオリンズの妹(K・ハンター)、そして、その浅ましい夫(M・ブランド)は、救いを求めて彷徨する魂に手痛いしっぺ返しを喰らわす。ブランチの気位の高さに魅かれていた男ミッチ(K・マルデン)も彼女の真実を知り、露骨に肉体を求めてくる。ラスト、義弟の逞しい“男”に屈してしまう女の性・・・。狂気の他に彼女の逃げ場所はないのだろうか??。

『欲望という名の電車』がヴィヴィアンの未来を予言していた!!

1951年『欲望という名の電車』で再びアカデミー主演女優賞を獲得したが、これが黄金期の最後を飾る事となり、以降は体調を崩し(精神病)、1940年に大恋愛の末に結婚したオリヴィエとも1960年に離婚。結核を再発(1945年に発症)させ、精神状態もすさんだまま、孤独の中でロンドンのアパートで息を引き取った。

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『風と共に去りぬ』は、1939年に製作されたアメリカ映画。日本公開は1952年。原作マーガレット・ミッチェル。監督はヴィクター・フレミング。ヴィヴィアン・リー、クラーク・ゲーブル、レスリー・ハワード、オリヴィア・デ・ハヴィランドらが出演したこの作品を無料視聴できる動画配信サービスをご紹介します。


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