クリスマスシーズンも近いこの時期、日本人のクリスマスの食卓に欠かせない物と言えば、やっぱり「フライドチキン」!
「オリジナルチキン」のカット方法
「オリジナルチキン」のカット方法|「Q&A」よくあるご質問|ケンタッキーフライドチキン
現在では宅配ピザやハンバーガーチェーン店のサイドメニュー、コンビニなどでも普通に買える程、日本の食文化に溶け込んでいるこの「フライドチキン」という食文化。
だが、実はその初登場は1970年という、比較的新しい食べ物なのだ。
写真下)大阪万博でのケンタッキー試験店舗
vol.2 日本KFC(1/3ページ) | 三菱商事
1970年にケンタッキー・フライドチキンの試験店舗が登場して以来、すっかり我々の生活に定着した外食産業としての「フライドチキン」という食文化。
日本市場において、もはやケンタッキーの一人勝ち状態の現在からは想像も出来ないが、実は70年代には他にも様々な「フライドチキン」のチェーン店が日本に存在したのをご存知だろうか?
そう、ハンバーガーやドーナッツと同様、実は70年代のファーストフード黎明期には、数々のマイナー店舗や今は消えてしまったチェーン店が存在したのだった。中には地域限定の店舗もあるが、これらのお店はミドルエッジ世代にとっても、外食を体験するきっかけとなった思い出のお店だったはず!
さあ、今はもう淘汰されてしまった懐かしのフライドチキン・チェーン店を、この機会に是非もう一度振り返ってみようではないか。
まずは不動の王者、ケンタッキーフライドチキンから!
前述した通り、1970年3月の大阪万博で試験的に店舗が設けられたケンタッキー・フライドチキン。
雑誌「ポパイ」1980年12/10号より
雑誌「ポパイ」1980年12/10号より
このテスト販売が大成功。何と、1日の最高売り上げ記録280万円を達成!この成功を経て、同じ年の11月名古屋市西区に記念すべき第一号店舗である、名西店がオープンすることになる。
ケンタッキーの記念すべき第1号店!
沿革 | 日本KFCホールディングス株式会社 KFC Holdings Japan, Ltd.
そう、実はここ名古屋の地から、日本における「フライドチキン」文化はスタートしたのだった。
その後は1971年7月の青山店(第5号店)を皮切りに、遂に東京へも進出。翌1972年10月にはカーネル・サンダース本人が来日!
更に翌年の1973年10月からはTVCMも放映開始、そして1973年12月には念願の100店舗目として赤坂店をオープンすることになる。
冒頭にも述べた、「クリスマスにはフライドチキン!」というイメージだが、1972年12月にケンタッキーが初のクリスマスキャンペーンを展開しており、実はここから今まで主流だったローストチキンに加え、フライドチキンを家庭に持ち帰るという習慣が始まったと考えられているようだ。
石立鉄男主演の人気ドラマ「雑居時代」より
ちなみに写真のシーンは、現在CSでも放送中の70年代の人気ドラマ「雑居時代」の1シーン。
ここで、ロケしているのが当時のケンタッキーのお店。店頭のディスプレイや当時の価格など、貴重な動く資料として非常に興味深い物がある。
覚えてますか?今は無き、マイナーなフライドチキンのチェーン店たち
その1:チャーチズ・テキサス・フライドチキン
チャーチズ・フライドチキンの店舗
Church’s Chicken from 10 Food and Drink Brands That Are Called Something Totally Different Abroad (Slideshow) - The Daily Meal
チャーチズ・フライドチキン店頭メニュー表
Church's Chicken Menu. - Yelp
チャーチズ・フライドチキンのセット
Foodspotting
「教会」の名前が付いた、いかにもアメリカン・テイスト溢れるこちらのお店は、1971年に日本初上陸したダンキン・ドーナッツが、続いて日本でスタートさせたフライドチキンの専門チェーン店。その発祥はアメリカのテキサス。
雑誌「ポパイ」1980年12/10号より
雑誌「ポパイ」1980年12/10号より
当時の雑誌の記事写真からも分かる様に、中にはダンキンドーナッツと併設していた店舗もあったほど。スイーツとフライドチキンが両方買えるこの形態なら、ケンタッキーのファミリー層と十分競合出来るのでは?と思われたのだが・・・。
残念ながら、バブルの崩壊と共に日本から撤退することになったチャーチズ。
現在では、コンビニの店頭でドーナツとフライドチキンが同時に買えることを考えると、ダンキンドーナツのこの戦略、実は時代を先取りしていたと言えるかも知れない。
その2:ゴールデン・スキリット・フライドチキン
ゴールデン・スキリット・フライドチキン店舗
ゴールデン・スキリット・フライドチキン店内メニューの写真
Menu - Yelp
こちらは1977年の12月に、アメリカから日本に初上陸したチェーン店。アメリカでの発祥は、実に1964年まで遡る。
雑誌「ポパイ」1980年12/10号より
渋谷などに店舗展開していてビールも販売するなど、ファミリー層向けのケンタッキーとは違い、大人向けのお店として独自の展開をしていた、ゴールデン・スキリット・フライドチキン。
女性やファミリー層に人気でテイクアウトが多いケンタッキーとは、ターゲット層も競合せず共存展開していけると思ったのだが・・・。残念ながら、こちらもバブル崩壊と共に日本より撤退してしまっている。
最後に
ところで、ハンバーガーや宅配ピザに比べ、これ程までフライドチキン店が生き残れなかったのは何故だろう?
実は、ケンタッキーを利用する際、個人的にいつも感じていたことがある。それは、かなりの確率でテイクアウトするお客さんや家族連れが多い!という点だ。
確かに「チキンフィレサンド」や「ツイスター」というハンバーガー的メニューがあるお陰で、店内でセットを食べることにさほど抵抗感は無いが、女性にとって骨付きチキンにかぶり付く姿は、牛丼以上に人には身られたくは無い姿かも?
それに加えて、やはり日本人の食の嗜好には、ご飯やパンなどの炭水化物が必須!ということなのだろう。あくまでもチキンがメインで主食感が乏しいフライドチキンでは、他の競合ファーストフード店との競争は不利だったと言えるかも知れない。
そこでアメリカ人向けの内容と量を日本人向けに変更し、食べたい量を選べるメニューの充実や、パーティバーレルでの家族向け販売など、ケンタッキーが日本人向けに打ち出した戦略こそが、日本市場で生き残れた要因の一つだったのではないか。
こうして振り返ってみると、やはりケンタッキーの勝利の最大要因は、そのイメージ戦略と印象的なマスコットキャラクターの存在にあると言える。町中や店頭で嫌でも目立つ、カーネルおじさんの等身大フィギュアのインパクト!
マクドナルドのキャラクター「ドナルド」と並んで、日本人のキャラ好きを上手く掴んだその戦略は大成功!残念ながらモデルとなったカーネル・サンダース氏は、3回目の来日を果たした1980年5月から半年後の1980年12月に90歳で亡くなってしまったが、このフィギュアのお陰で在りし日の姿を今でも店頭で見ることが出来る。
24年を経て、道頓堀川から回収されたカーネル像!
カーネル・サンダースの呪い - Wikipedia
ちなみに2009年の3月、例の阪神優勝の年に道頓堀川に投げ込まれたカーネル人形が、実に24年ぶりに引き上げられたことを覚えておいでの方も多いのでは?当時の各メディアでも大々的に取り上げられたが、この余りに変わり果てたカーネル人形の姿!今見ても、殆どホラー映画にしか見えない・・・。
ボージャングルスの店舗
Bojangles’ Famous Chicken ‘n Biscuits | Home
ちなみに現在アメリカで人気なのは、ボージャングルスというチェーン店。ノースカロライナ州でスタートしたチェーン店は現在全米で700店舗を数える成長株だそうだが、果たして日本でその味を楽しめる日がやって来るのだろうか?
もはやクリスマスイブに、ケンタッキーの店頭に行列する姿は、完全に年末の風物詩と化している現代の日本。果たして、これら70年代に存在した各チェーン店では、いったいどれだけの味の違いがあったのだろう?
そんなことに思いを馳せながら、今夜は久しぶりにフライドチキンなど食べてみては?