「さわやか律子さん」の愛称まであった中山律子
ボウリングブームの頃の中山律子
画像・写真 | 伝説の「猪木VSアリ」戦が33年ぶりに放送! 5枚目 | ORICON NEWS
女子プロ誕生と共に中山も結果が付いて来る様になり、1969年9月に開催された女子プロ誕生記念大会で優勝。1970年3月22日の第1回全日本プロボウリング選手権大会でも優勝し、1970年8月21日には府中スターレーンで行われた、テレビ朝日(当時はNETテレビ)の『レディズ・チャレンジボウル』収録中に女子プロ初の公認パーフェクトゲームを達成する (女子プロ八月月例会・優勝決定戦で、対戦相手は海野房枝だった)。翌月のボウリング場オープン記念エキジビションでも「未公認」ながらパーフェクトを達成する。
当時私は、中学に通っていたが、学校では中山派と須田派に分かれて「仁義なき抗争」の中にいた覚えがある。須田と中山は、実力は伯仲していたが、中山の方が若干美人タイプだったので、男子は圧倒的に中山派が優勢であったが、女子は圧倒的に須田派が多かった。
筆者の私はどっちだったかって?? それは読者のご想像にお任せします。
賞金が絡むと必ず上位に食い込んでいた並木恵美子
ボウリングブームの頃の並木恵美子
日本選手
マイシューズ・マイボウルの流行!!
須田派、中山派もそうだが、もう一つ忘れることができないのが、マイシューズ・マイボウルの流行だ。当時、私の家とボウリング場が近かったので、ボウリング場の貸しロッカーを借りてそこに私のボール、シューズ、バッグなどを入れて週に2、3度は投げていたが、ボウリングが下火になるにつれ、見向きもしなくなったよなあと、今更ながら思い出にふけっている。