シナトラの晩年
1997年2月、心臓発作を起こした後は一般及びマスコミの前に姿を見せることはなくなり、自宅での治療に専念した。しかし1998年5月14日にビバリー・ヒルズの自宅でまた心臓発作を起こしウェスト・ハリウッドのセダース・サイナイ・メディカル・センターに運ばれ、そのまま回復することなく永眠した。
シナトラの死は世界各国で大きな衝撃を持って受け止められ、ビル・クリントン大統領がシナトラの死を悼むメッセージを述べたほか、エルトン・ジョンやポール・マッカートニー、マイケル・ジャクソンなど世界各国のアーティストがその死を悼むメッセージを発表した。
またシナトラと縁が深いニューヨークのエンパイア・ステート・ビルディングが弔意を示すために(シナトラの瞳と同じ)青い照明に変えられたほか、同じくシナトラと縁が深いラスベガスのストリップの全ての照明が同じく弔意を示すために10分間完全に消灯された。
1998年5月20日にビバリー・ヒルズのカトリック教会で行われた葬儀には、グレゴリー・ペック、トニー・ベネット、ボブ・ディラン、ライザ・ミネリ、トニー・カーチス、ジル・セント・ジョン、ジャック・ニコルソン、ソフィア・ローレン、カーク・ダグラス、ロバート・ワグナー、ミア・ファロー、ナンシー・レーガンなど、アメリカだけでなくヨーロッパの各界から多数が参列しその死を悼んだ。この参列者の質と量は近頃の芸能人の葬儀ではちょっと考えられない。シナトラという人間がどれだけ慕われていたかを如実に表現するのにうってつけだろう。
