90年代の中華圏で絶大な人気を誇った「フェイ・ウォン」
フェイ・ウォン(王菲)
1969年8月8日、北京で誕生したフェイウォン。高校卒業後に海外留学のための経由地として香港に移住するも、移民は1年間出国できないという制度が存在したため、一度留学をあきらめ歌手の道に。
1989年に“北京からやってきた女の子”のキャッチフレーズで王靖雯(Shirley Wong(シャーリー・ウォン))の名で歌手デビューを果たし、3枚のアルバムをリリースするもヒットに恵まれず、91~92年の半年間アメリカで遊学します。
1992年、中島みゆき作詞・作曲の「容易受傷的女人」でブレイク
Coming Home (1992)
1992年に香港に戻った彼女は、アルバム 「Coming Home」をリリース。当時に英語名を本名に近い現在の”Faye Wong”に改名しました。
そして同アルバムに収録された曲、中島みゆきが作詞作曲し、ちあきなおみに提供した楽曲「ルージュ」のカバー「容易受傷的女人」が大ヒットを記録、92年の香港の音楽賞を総なめにしました。2年後の94年には、初の北京語でのアルバム 「迷」を発表し台湾や東南アジアへ進出。当時、サンディ・ラムらと並ぶ中華圏でのトップ女性シンガーとなりました。
1994年に出演した映画「恋する惑星」で女優としてもブレイク
『恋する惑星』 原題:重慶森林
フェイ・ウォンは、自身も出演した1994年の香港映画「恋する惑星」の劇中歌として、アイルランドの4人組バンド、クランベリーズの「ドリームス」を「夢中人」というタイトル、そして母国語で歌い、日本を含むアジア圏で大ヒットを記録しました。
映画「恋する惑星」は、当時日本では有名ではなかった監督のウォン・カーウァイや俳優の金城武、そして、フェイ・ウォンの名を一気に有名にした作品で、映画の舞台となった重慶大厦や中環の名物エスカレーター(中環至半山自動扶梯)周辺は日本人観光客が多く訪れる観光スポットになったりしました。
そんな彼女の、主に90年代にリリースされたシングル曲
1994年10月26日『夢遊』(ポリドール)
1995年06月25日『夢中人』(ポリドール)
1999年02月24日『Eyes On Me』(東芝EMI)
『ファイナルファンタジーVIII』
ゲームソフト『ファイナルファンタジーVIII』(FF8)の主題歌であり、同シリーズにおいて初のボーカルの入ったエンディング曲。
1999年2月に日本国内で発売され、オリコン洋楽シングルチャートにおいて、19週連続1位を記録。累計50万枚を越える大ヒットを記録しました。