「好き」から始まった歌手活動
山下久美子
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16歳時に「好き」だったことを軸として今後を創り出していくということに自分の全てを注ぎ込んだ結果が現在の「アーティスト・山下久美子」となったわけですが、当時を振り返ったインタビューが残っていました。
好きなことをして生活をしたい!好きなことで生活だできたのなら幸せと思える年齢だった山下久美子さん。その年代の子どもなら誰しもが思い描き理想としていることですが、そうはいかないというのが現実です。しかしそれを現実のものとし「歌手・山下久美子」として地元で活動開始するということが夢で終わらせるか現実とするかの分岐点であると気づくのは大人になってからで、16歳で行動に移すということが凄いですね。
「バスルームから愛をこめて」
この独特の歌い方をスカウトされて上京してからデビューするまでの間に徹底的に直されたとか・・・。プロになるということの難しさを味わったと記述されている記事もありました。
デビューした80年代というのはアイドルが歌手として認知され「芸能界デビューする=アイドル歌手」とい世界でした。そんな中、シンガーソングライターとしてやアーティストとしてデビューするということは「売れる」ということが難しい時代だったのではないでしょうか。
大ヒットした「赤道小町ドキッ」
一般的に山下久美子さんと言えば「赤道小町ドキッ」を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。山下久美子さんのものまねをする人もこの曲をよく歌っています。個性的なメロディーと歌詞が印象的でそれまで山下久美子さんのことを知らなかった人でもこの曲で知ったという人も多いと思います。
1982年に発売されたこの曲は大ヒットし「ザ・ベストテン」などのランキング番組などにも出演しています。
「総立ちの久美子」という異名を持つほどライブやコンサートでのファンの熱狂ぶりはすごいと聞きます。そんな山下久美子さんのヒット曲は「赤道小町ドキッ」だけではありません。数あるヒット曲、名曲の中からいくつかアップしてみましょう。
伝説と言われているロックバンドのBOØWYと共演している珍しい動画ですが、1985年に同バンドのギターリストだった布袋寅泰と結婚しているので当時は布袋寅泰に曲を提供してもらっていたりしていました。
歌い方も今と何ら変わらない山下久美子さんの歌声はテレビやラジオから聞こえていた当時を思い出させてくれる逸曲ばかりで、このフレーズは聞いたことがあるという感じにファンでなくとも聞き覚えがあるものばかりです。
リリースされた時の映像ではないものの見ていても聴いていても懐かしさだけが心に残りいつまでも聴いていたいナンバーばかりです。
作曲が布袋寅泰という曲が多いので現在の布袋寅泰を思い浮かべることができる曲調ばかりですが、いい関係が築けていたと感じさせてくれる雰囲気たっぷりの曲ばかりです。