歌手の欧陽菲菲(オーヤン・フィーフィー)

日本からも歌手活動のオファーはありましたが母国での人気を考え辞退していたという。
欧陽菲菲の台湾時代の歌「熱情的沙漠」
欧陽菲菲の日本デビュー


1970年代半ばからは、日本から台湾・香港・アメリカ・ラスベガスなどへ活動の場を移しコンサートを行った。
日本で欧陽菲菲は再びヒットを飛ばした


欧陽菲菲とテレサ・テン
同じ台湾出身の歌手でありながら、キャラクターと歌唱は対照的な欧陽菲菲とテレサ・テン。
1972年の日中国交正常化の影響もあり、二人は後の人生も明暗をわけた。
テレサ・テンの歌が今も愛される理由・天安門事件で変わった運命 - Middle Edge(ミドルエッジ)
アジア圏で活躍している欧陽菲菲
欧陽菲菲の夫「式場壮吉」現在何してる?

式場壮吉は、千葉県市川市の資産家の家に生まれた。叔父は精神病理学者の式場隆三郎。
式場氏は、学生の頃から、同郷の後輩である浮谷東次郎や生沢徹、本田博俊。杉江博愛(後の徳大寺有恒)、福澤幸雄など日本のモータースポーツ界を築いたドライバー達と親交があった。
大学を卒業後は、出版社に勤務しながら、トヨタとワークスドライバー契約を結び
1963年の第1回日本グランプリ(Japanese Grand Prix)でレースデビューする。

レース引退後の式場さんは、自動車用品を扱うシキバエンタープライズを設立し、ブランド「レーシングメイト」を手掛けた。
また自動車雑誌「カーマガジン」の編集者や自動車評論家として活躍した。その後、父親が経営する千葉県内の病院の理事を務めていた。
夫の葬儀で喪主をつとめた欧陽菲菲
2016年5月17日に名ドライバーとして知られる式場壮吉(しきば・そうきち)さんが肝不全のため都内の病院で亡くなった。77歳だった。
発表されたのは19日。告別式は、22日東京都内の斎場で近親者のみの密葬が行われ、妻の欧陽菲菲は喪主をつとめた。
「彼と夫婦でいられた事はとても幸せでした」
欧陽菲菲の家族と話題の姪「Nana」さんとは?

欧陽菲菲の姪「Nana」

欧陽菲菲の名曲「ラブ・イズ・オーヴァー」の人気
