Bluem of Youth(ブルームオブユース)

Bluem of Youth
『Bluem of Youth』は、ボーカルの別所悠二と、ギターの松ヶ下宏之からなるユニットで、2人ともに広島県立広島観音高等学校を卒業しています。また、ロック調からバラードまで幅広い曲を披露していました。
メンバー

別所悠二

松ヶ下宏之
『最後の願い』でデビュー、その後は売上が伸びず・・・。
『Bluem of Youth』は、ライブハウスなどでアマチュアバンド活動を経験した後、1995年10月10日に発売された1stシングル『最後の願い』でデビューしました。
同ユニットは、ブレイク前の1997年8月25日に『HEY!HEY!HEY!』に、1999年2月21日に『MUSIC HAMMER』にも出演しました。しかし、評価はされていましたが、売上に結び付きませんでした。
また、8枚のシングルと2枚のアルバムを発表してきましたが、1998年12月に当時所属していたレコード会社(現EPIC Records)から契約を打ち切られてしまいました。
「雷波少年」でブレイク!!
そんな中で、1999年に日本テレビのバラエティー番組「電波少年」の企画でシベリア横断に抜擢されました。2人は、半年でシベリア鉄道の各駅を旅しながら曲を作りました(生活費や旅費はストリートライブなどで稼いでいた)。
そして、1999年10月4日に旅で作りあげた1曲を入場料1000円で日本武道館ライブを行い、1万人の観客動員がなければ解散し、音楽業界から足を洗うというルールの中、3万人近い入場を記録しました。
武道館で披露した「ラストツアー〜約束の場所へ〜」はリリースされ、オリコン初登場2位となり50万枚のヒットを記録します。
2000年には、この旅の間に作られた楽曲を収めたアルバム『СПАСИБО』(ロシア語で”ありがとう”)が発売されました。さらに、雷波少年系ラストシリーズの前挑戦者のSomething ELse同様企画内で制作された運命の1曲の候補曲『Stairway』が企画終了後改めて日本テレビの番組タイアップ付きでシングル化されました。
世間からの注目を集めた後、ラジオやライブを中心に活動していましたが、レコード会社と方針が合わなかったりして2002年にBluem of Youthとしての活動は無期限休止。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1463814299電波少年のブルームオブユースは現在どうしていますか? - 1999年に「雷波少年」... - Yahoo!知恵袋
無期限活動休止後について
2002年12月31日の広島クラブクアトロのライブを最後に無期限活動休止に入った『Bluem of Youth』は、それぞれ“別所ユージ”、“松ヶ下宏之”としてソロ活動をしていきます。
別所はソロアーティストとして活躍し、松ヶ下は、ソロアーティストとして活動するかたわら楽曲提供やサウンドプロデューサーとして活躍しています。
また、2005年10月には、デビュー10周年を記念して、東京(10月4日)、広島(10月9日)、大阪(10月10日)において3日間限定復活ライブを行っています。
そして、2008年12月31日 広島でのカウントダウンライブを皮切りに、『Bluem of Youth』として活動再開します。そして、復活後にベストアルバムや活動休止から10年ぶりとなる5thアルバムを発表しています。
2015年にはデビュー20周年を祝して、ツアーが開催されました。現在も活動中です。
関連映像
『Bluem of Youth』は、ピアノやアコースティックギターを中心とした曲が多く、とても聴きやすいです。また、今聴いても色褪せないとても良い曲が沢山あります。是非、聴いてみて下さい。