『メークドラマ』(1996年の流行語大賞) 奇跡の逆転V。第二次長嶋巨人が首位広島から最大10ゲーム差を覆し優勝を果たした伝説。
長嶋茂雄監督のメークドラマ発言「松井が40本打つようなミラクルが起こる。2年越しのメークドラマが実現するでしょう」
1996年7月16日、ホームラン20号を達成した松井選手。この時から逆転勝利にかけるメークドラマが始まった。
奇跡の逆転優勝!「メークドラマ」が完成
このとき、メークドラマの屈辱を味わった男たちが、今の強い広島カープを支えている。
「ファンの皆さま本当に日本一、おめでとうございます」(2001年語録賞)(ヤクルト・若松勉)
若松勉監督「ファンの皆様、本当にあの〜、あの…、おめでとうございます」
若松勉 - Wikipedia
若松勉 - Wikipedia
「新人類」(1986年流行語部門・金賞)(西武・清原和博、工藤公康、渡辺久信)
オシャレなエース「渡辺久信」
西武黄金時代の柱としてチームを支えた。
アイドル顔負けの人気を誇った「工藤公康」
西武・工藤公康&渡辺久信のバブル時代。ダブルエースの二人。
西武・工藤公康&渡辺久信のバブル時代の思い出「週の半分は六本木とか都心に行っていた」
秋山幸二と清原和博の「AK砲」(AKほう)
秋山幸二選手は、1986年の日本シリーズでは史上唯一の第8戦で有名な「バック宙ホームイン」を披露する。
三冠王・落合博満が手も足も出なかった、台湾人・郭泰源
「鉄人」(1987年特別賞)(広島・衣笠祥雄)
「鉄人」(1987年特別賞)(広島・衣笠祥雄)
カープ黄金時代のヒーロー!鉄人・衣笠祥雄選手
1987(昭和62)年6月22日、中曽根康弘首相(右)からプロ野球・広島の「鉄人」衣笠祥雄選手に国民栄誉賞が贈られた(左は正子夫人)。
「昭和生まれの明治男」(1990年) 村田兆時・淑子夫妻(元ロッテオリオンズ)
「昭和生まれの明治男」(1990年) 村田兆時・淑子夫妻(元ロッテオリオンズ) 「人生先発完投」を座右の銘とし、先発完投にこだわった村田の武骨な野球人生は「昭和生まれの明治男」と呼ばれた。
昭和生まれの明治男■1990年流行語■バブル最後の記憶から。 - tarebon就活ポインター☆キャリアと人生の問題解決に役立ててね☆
『イチロー(効果)』(1994年の流行語大賞)
『イチロー(効果)』(1994年の流行語大賞)
イチロー - Wikipedia
プロ野球史上初のシーズン200安打を達成したオリックス・ブルーウェーブのイチロー(1994年)
2000年、野手としては日本人初のメジャーリーガーとなった「イチロー」。
がんばろうKOBE(1995年の流行語大賞)(オリックス・仰木彬監督)
「がんばろうKOBE」を合言葉に、市民とチームが一丸となって戦った95年。オリックスは快進撃を繰り広げリーグ優勝を果たす。
がんばろうKOBEとは | がんばろうKOBE スペシャルサイト | オリックス・バファローズ
復興への思いが団結心を生んだ。
NOMO(1995年の流行語大賞)
近鉄バファローズ時代の野茂英雄「ドクターK」 (1990年 - 1994年)
NOMO(ロサンゼルス・ドジャース時代・1995年の流行語大賞) 日米で『NOMOマニア』という言葉が生まれる程の人気を誇った。
ハマの大魔神(1998年の流行語大賞)(横浜・佐々木主浩)
ハマの大魔神(1998年の流行語大賞)(横浜・佐々木主浩)
雑草魂・リベンジ(1999年の流行語大賞)
99年大賞「リベンジ」(西武・松坂大輔) 99年大賞「雑草魂」(巨人・上原浩治)
読売ジャイアンツ・上原浩治 「サンデー上原」と呼ばれた。自分自身を雑草に喩えた「雑草魂」。
松坂大輔は1999年4月21日の対ロッテ戦では黒木知宏と投げ合い、0-2で敗北したが、その後に「リベンジします」と宣言した。