99%優勝を手中に収めた1973年の阪神タイガース。なぜ優勝できなかった?

99%優勝を手中に収めた1973年の阪神タイガース。なぜ優勝できなかった?

昭和48年(1973年)の阪神タイガースは、江夏豊・上田次朗・古沢憲司・谷村智啓らの投手陣4本柱が確定し、投手陣は盤石でした。更には、前年2位に躍進した戦力を維持したままでシーズンに突入。阪神タイガースファンは、今年こそと思っていたことでしょう。村山実前監督の指揮権返上から引き継いだ金田正泰監督が指揮官として、優勝の一歩手前まで進むことになりました。


優勝を目指して

この年前年まで8連覇中と絶対の強さを誇っていた読売ジャイアンツが、開幕から苦戦を強いられたこともあり、阪神タイガースは上々のスタートを切ることになります。そして安定した戦いを見せていたタイガースは、7月まで中日ドラゴンズと首位を争ったのです。

首位攻防戦となった8月30日の中日ドラゴンズ戦では、阪神先発の江夏と、中日先発の松本が投げ合い、延長戦に突入します。そして11回まで中日打線をノーヒットで零封していた江夏が、なんと11回の裏に自らサヨナラ本塁打を放って勝利し、プロ野球史上で初めての「延長戦ノーヒットノーラン」を達成したのです。

こんな試合を見せたのですから、今後タイガースは更に勢いに乗り、このまま首位を固めるかに思えました。

優勝に近づく伝統の一戦

そして9月に入ってから読売ジャイアンツの猛追にあい、10月10日から後楽園球場において、直接対決という伝統の一戦を迎えることになったのです。第1戦はキャッチャーで不動の4番打者である田淵幸一が、リードを許していた巨人から逆転満塁本塁打を放ちます。最後は江夏が締めて第1戦を逆転勝利した阪神。

翌11日の第2戦は、タイガースが3回まで7対0と大量のリードをして、楽勝で巨人に連勝すると思われました。しかしなんとなんと、そこから巨人打線が一気に反撃に転じ、江夏が打ち込み、更にはタイガースのリリーフ陣からも得点を挙げてます。結局10対10で引き分け、阪神としては悔やまれる試合となりました。

阪神を優勝させるため

昭和48年(1973年)10月20日、遂に阪神勝てば優勝が決まる対中日戦を迎えます。試合前のこと、メンバー表を見た岡本コーチが、金田監督に「これでいいんですか?」と念を押していました。このメンバー表には、先発投手に江夏の名前があったからなのです。

この時点で江夏は24勝で上田が22勝と、両投手とも大車輪の活躍を見せていました。しかし対中日の成績においては、上田が8勝1敗と絶対的な自信を持っていたのです。これに対し江夏は3勝1敗で、この日の先発は誰もが上田だと思っていたのです。

しかし金田監督は、上田の「相性」ではなく江夏の「勝負強さ」に懸けたのでした。そしてもう一つ、上田が風邪気味で扁桃腺を腫らし微熱が続いていたということで、体調不十分からの先発回避となったのかもしれませんね。どちらにしても、この試合に勝てば優勝が決まります。後に発刊された自伝で江夏は、「何が何でも中日戦に勝つつもりでマウンドに立った」と言っています。

しかし中日の先発投手を務めた闘将星野仙一の前に、打線がこれでもかというほどに沈黙してしまいます。実はこの試合、星野は「巨人に優勝させるくらいなら、阪神にさせてやりたいと」いう心境で、真ん中付近にボールを集め「ほら、打て!」という気持ちで投げていたそうです。

ところが、長らく優勝から遠ざかっていたタイガースナインは、緊張で顔が青ざめ体もカチカチになっていたのだとか。星野が打たせようとしても、阪神の打者たちは全く打てませんでした。結局江夏の意気込みは実らず、読売ジャイアンツとの最終戦で決着がつくこととなりました。

優勝の行方

勝たなければいけない中日戦に敗戦したタイガース、その後ジャイアンツとの最終戦が甲子園で行われました。前日、勝利の女神がそっぽを向いてしまったような負け方をしたのですが、最後の優勝決定試合がホームの甲子園ということで、まだまだ幸運は逃げていなかったと思ったのですが…。

最終戦の直接対決に勝った方が優勝という、劇的な展開となった昭和48年(1973年)のシーズン。期待を持って球場に詰めかけた大勢のファンでしたが、溜息で終わってしまうことになりました。中日戦を終えて、優勝のプレッシャーからは解放されていることを信じたのですが、そうはならずに投打共に全く仕事ができず、なんと0対9で大敗してしまったのです。

9年振りとなるリーグ優勝は実らず、試合終了直後にはふがいない敗戦に怒った阪神ファンがグラウンドになだれ込み、巨人ベンチを襲撃するという騒ぎになっています。この時、逃げ遅れた王選手ら数名が負傷するというアクシデントも発生し、川上哲治監督の胴上げも行われない異常事態となったのです。

印象に残る試合が多かったシーズン

昭和48年(1973年)の阪神のシーズンは、最終戦となる巨人戦の他にも、7月1日には先発の上田が九回裏二死までノーヒットノーランを継続。快挙達成まであとワンアウトという所で、長嶋選手にヒットを打たれ大記録は逃しますが、見事な完封勝利となります。

8月5日には巨人の黒江選手が放った打球を、センターの池田選手が芝生に足をとられて転倒し後逸するという場面も。これは「世紀の落球」とも言われたプレーで、チームは逆転負けを喫します。試合後に金田監督は「池田は悪くないけど、芝生が悪かった」と発言するなど、印象的な試合が多かったシーズンでした。

更には11回までノーヒットノーランを続けた江夏が、自分のサヨナラホームランで大記録を達成したという前代未聞の出来事も。野球は一人でも勝てると言わしめた印象に強烈に残る試合でした。

そして、何と言っても優勝が決まる中日戦と最後の巨人戦。優勝のプレッシャーとは、こんなにも強いチームをガチガチに縛ってしまうものかと驚きました。しかし優勝こそ逃がしましたが、プロ野球ファンを熱狂させてくれた最高のシーズンでしたよね。

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