高橋真美のプロフィール
 
  	高橋真美さんのプロフィールからご紹介します。
名前:高橋真美(たかはしまみ)
生年月日:1967年9月20日
出身地:東京都目黒区
デビュー:1978年のポーラ名作劇場「みずきの花匂う時」に出演。
1982年テレビ朝日の「欽ちゃんのどこまでやるの!?」の3姉妹の1人「たまえ」役に選ばれます。
同年12月には、わらべ(高部知子・倉沢敦美・高橋真美)として「めだかの兄妹」をリリース。
ふくよかで朗らかな人柄がお茶の間で受けていました。
子供たちの間で流行を始め、幼稚園関係者からも楽譜を求める声が殺到したといいます。
オリコン集計では88.5万枚の大ヒットとなりました。
パジャマの上に半纏を着て、お茶の間で歌う姿に癒された方も多かったのではないでしょうか。
人気は子供たちからサラリーマンにも拡がっていきました。
1983年12月には2枚目のシングル「もしも明日が…。」をリリース。
オリコン集計97万枚の「わらべ」最大の大ヒットとなりました。
3姉妹のわらべでしたが、のぞみ役の高部知子さんがいわゆる「ニャンニャン事件」でグループを脱退したため、「かなえ・たまえ」二人組のユニットとして再出発作です。
ニャンニャン事件とは?
当時、人気の絶頂にあった未成年の女性アイドルの、「ベッドで二人仲良くニャンニャンしちゃった後一服」している写真が写真週刊誌『FOCUS』に掲載されたことに端を発する。
https://www.weblio.jp/wkpja/content/%E3%83%8B%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%8B%E3%83%A3%E3%83%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6_%E3%83%8B%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%8B%E3%83%A3%E3%83%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6%E3%81%AE%E6%A6%82%E8%A6%81ニャンニャン事件 - ニャンニャン事件の概要 - わかりやすく解説 Weblio辞書
お茶の間の人気者の「わらべ」ですから、ベッドでの性行為を連想させましてや未成年が喫煙しているということで、大きなイメージダウンとなってしまいました。
高部知子さんは「積み木くずし」でも主演し、わらべらしくない不良っぽさも魅力でしたが、さすがにこの写真はまずかったですね。
ちなみにこの写真を持ち込んだのは3歳年上の元交際相手で、積み木くずしのエキストラに応募して知り合ったそうです。
金銭目的ではなく、暴走族や暴力団から嫌がらせを受けるようになり、自衛のためでした。
少年は後日、自殺しています。
高部知子さんの若い恋は苦い思い出となり、「欽ちゃんのどこまでやるの!?」を楽しみにしていたファンにとっても、わらべ脱退は寂しかったですね。
その後の高橋真美さん
その後もテレビ番組のリポーターを中心にタレント活動をしています。
TBS「ビッグモーニング」でお天気コーナーの解説や、「ジャスト」の木曜日にもレギュラー出演していました。
アイドル時代から色白でふっくらとして、大らかなキャラクターが魅力でしたが、13キロのダイエットに成功しています。
1995年には「みんなに黙ってダイエット」も出版し、現在もスレンダーな体型を維持しています!
自身のブログでもダイエットのことは度々話題に上がっていました。
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欽ちゃんファミリーとは交流を続けていて、2000年以降も音楽番組などで「わらべ」として倉沢淳美さんらと一緒に出演しヒット曲を披露しています。
2016年8月にはNHK「第48回思い出のメロディー」にわらべとして出演し司会だった萩本欽一さん、初め当時の欽どこメンバーと共演し「もしも明日が…」を披露しました。
ほっそりしましたが、色白で癒し系の雰囲気は変わりませんね。
プライベートでは、オリエンタルランドにお勤めの11歳年上の男性と2000年に結婚したという話もありますが、ソースは見つけられませんでした。
本名が高橋さんから亀井さんに変わっているので、ご結婚されたことは確かなのではないかと思います。
まとめ
今回は「欽ちゃんファミリーの元わらべだった高橋真美さんの現在は?」についてご紹介しました。
子供の頃、大好きだった「わらべ」は今も健在で嬉しいですね。
いつまでもそのほんわかした雰囲気で癒して欲しいです!
 
     
    




