中島 啓江(なかじま けいこ)プロフィール

生年月日 1957年11月15日
没年月日 2014年11月23日
没年齢 57歳(数え58)
出身地 鹿児島県
死没地 東京都
経歴

鹿児島中央駅
1957年11月15日に鹿児島県で誕生した中島啓江さん。
(「啓江」と書いて「けいこ」と読むのは、中国の揚子江沿いで生活したことのある母親が、そのときに中国の人々から受けた好誼に感謝する意を込めて、揚子江の「江」に因んで名付けたそうです)
実の父親から日常的に殴り蹴られるDVに苦しみ、母と逃げ回りながら怯えて育ったと言います。
デビュー前

若い頃の中島さん
昭和音楽短期大学声楽科時代ディプロマコース・オペラ専攻科修了し1979年に藤原歌劇団に入団されています。
デビュー

藤原歌劇団時代に『修道女アンジェリカ』でオペラ歌手としてデビューされています。
1985年には『マック・ザ・ナイフ』でミュージカル初出演もされています。
ソロコンサート
中島さんは、1986年に『天高くオペラ肥ゆる秋』で初ソロコンサート開催されました。
タレント活動も・・・。
中島さんは、大きな体型とトーク力から人気を集め、オペラ歌手でありながら、太田プロダクションと業務提携し、タレントとしても活動され、『三宅裕司のいかすバンド天国』『夢りんりん丸』など多数のテレビ番組に出演されていました。
幅広いジャンルで

1994年からは、自身が構成・演出する銀座博品館劇場でのソロコンサート『夢で逢いましょう』を定期的に開催する他、テレビやラジオでのタレント活動やトークショーなど幅広いジャンルで活躍し、1995年公開のアニメ映画「ユンカース・カム・ヒア」森田文江 役や2005年公開の映画「MAKOTO」では、桂田文江 役で女優デビューもされていました。
CM
オペラ歌手では異例のCM何かにも多数出演されています。
ヤンマー - 乗用田植機「高速ニューすこやか」シリーズ(1990年代中期)
トヨタ自動車 - トヨタの日(1991年)
JT - ベッセンT(1991年)
日立化成 - (テレビ出演)
興和 - 液キャベコーワ
江崎グリコ - クレアおばさんのシチュー(ナレーション、CMソング)
体調不良

2014年11月17日から体調不良のため東京都内の病院に入院されました。
お亡くなりに・・・。
体調不良のため入院されていた中島さん21日に入って急激に容態が悪化し、一時は安定したが、23日に急変し、2014年11月23日午前10時35分、呼吸不全のため入院していた病院でお亡くなりになりました。57歳没(誕生日8日後の死去だったといいます)
原因は?
中島さんは、これまでも飛行機に乗った際に気圧の変化で呼吸がしづらいと訴えたことがあり、医師から「太りすぎで心臓と肺を圧迫している」と指摘されていたといい、2009年には、テレビ番組の企画で189キロから168キロまで減量したが、その後180キロ程度にまで戻り、負担がかかる膝を痛めて数カ月前からは、つえや車いすを使い生活をされていたと言います。
心臓や肺圧迫が原因の呼吸不全が死因だそうです。
中島啓江さん57歳急死 体重180キロ、心臓や肺圧迫 呼吸不全…― スポニチ Sponichi Annex 芸能
訃報を受けて
芸能仲間から
『イカ天』で共演した三宅裕司さんと『たま』元メンバーの石川浩司さん、中島さん主演のミュージカルの演出を手がけた宮本亜門さん、公私共に親しかった小林幸子さん、舞台で共演したコロッケさんらたくさんのの芸能仲間から中島さんへの追悼コメントを寄せられていました。
中島啓江さんしのぶ会で小林幸子が献歌/芸能/デイリースポーツ online
追悼特集
2014年12月22日には、中島さんが出演していたラジオ番組『大沢悠里のゆうゆうワイド』で追悼特集が放送されています。
最後に・・・。
中島啓江さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
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