世襲政治家や後継政治家たち

世襲政治家や後継政治家たち

曽祖父母や兄弟姉妹に甥姪、孫、曾孫と4代以上続く世襲政治家や後継政治家たちを集めてみました。


大久保利通から麻生太郎

大久保利通・三島通庸 → 麻生太吉・牧野伸顕・竹内綱 → 吉田茂 →  麻生太郎

大久保 利通(おおくぼ としみち)  1830年9月26日生まれ  鹿児島県出身
    初代内務卿で、内閣制度発足前の明治日本政府(太政官)の実質的・事実上の首相。
    明治維新の元勲であり、西郷隆盛、木戸孝允と並んで「維新の三傑」と称さています。
    また、「維新の十傑」の1人でもあります。

三島 通庸(みしま みちつね)  1835年6月26日生まれ    鹿児島県出身
   吉田茂の義理の祖父。
   明治時代の内務官僚。
   長男 彌太郎は、 第8代日本銀行総裁。
   二男 彌二の妻の姉の子に三島由紀夫。
   二女 峰子は、牧野伸顕の妻。
   その他の子孫に、玄孫の麻生太郎、来孫の堀内詔子。

麻生 太吉(あそう たきち)  1857年8月26日生まれ   福岡県出身
   日本の炭鉱業者、実業家、政治家。
   麻生商店社長、石炭鉱業連合会会長、九州水力電気社長、衆議院議員、
   貴族院多額納税者議員などを歴任。

牧野 伸顕(まきの のぶあき)  1861年11月24日生まれ  鹿児島県出身
   大久保利通の息子。
   日本伯爵。
   1879年外務省御用係となり、1880年外務省書記生などを経て、文部大臣、枢密顧問官、
   農商務大臣などを歴任しました。
   妻は、三島通庸の次女・みね。

竹内 綱(たけうち つな)  1840年1月30日生まれ   土佐国出身
   維新後(1870年)、後藤象二郎の引き立てにより大阪府少参事や大蔵省六等出仕を務め
   ましたが、1874年後藤象二郎主宰の蓬莱社から、高島炭鉱の経営を任かされるなど実業
   家となります。1890年に、第1回衆議院議員総選挙に立候補して当選し、政界へ。
   五男・茂の誕生後、実業家・吉田健三へ養子に出しました。
   
吉田 茂(よしだ しげる)   1878年9月22日生まれ  東京都出身
   竹内綱の五男。
   外務大臣(第73・74・75・78・79代)、貴族院議員(勅選議員)、
   内閣総理大臣(第45・48・49・50・51代)、第一復員大臣(第2代)、
   第二復員大臣(第2代)、農林大臣(第5代)、衆議院議員(当選7回)を歴任。
   東京帝国大学法科大学を卒業後、外務省に入省し、外務次官なを経て、終戦後の1945年
   に東久邇宮内閣の外務大臣に就任しました。
   妻は、牧野伸顕の長女・雪子。

麻生 太郎(あそう たろう )   1940年9月20日生まれ
   麻生太賀吉、和子の長男。母・和子は、吉田茂の三女。
   自由民主党所属の衆議院議員(13期)、副総理、財務大臣(第17・18・19・20代)、
   内閣府特命担当大臣(金融担当)、デフレ脱却担当、内閣総理大臣(第92代)、
   経済企画庁長官(第53代)、経済財政政策担当大臣(第2代)、
   情報通信技術(IT)担当大臣(第2次森改造内閣(再編後))、
   総務大臣(第3代・第4代・第5代)、外務大臣(第138代・第139代)、
   衆議院外務委員長、自由民主党政務調査会長(第44代)、
   自由民主党幹事長(第40代・第42代)、自由民主党総裁(第23代)などを歴任。
   学習院大学政治経済学部を卒業後、麻生産業に入社し、麻生セメント社長や日本青年会議
   所の会頭などを経て、1979年第35回衆議院議員総選挙で初当選し政界入りします。
   モントリオールオリンピックにクレー射撃の日本代表選手として出場したことも有名です。

大久保 利通

大久保利通 - Wikipedia

麻生 太郎

麻生太郎 - Wikipedia

小泉又次郎から小泉進次郎

小泉又次郎 → 小泉純也 → 小泉純一郎 → 小泉進次郎

小泉 又次郎(こいずみ またじろう)  1865年6月10日生まれ  神奈川県出身
   横須賀市長、逓信大臣、衆議院副議長などを歴任。
   横須賀学校(横須賀小学校の前身)を卒業後、とび職人・請負師として働いていました。
   1889年(憲法発布の年)東京横浜毎日新聞の記者となります。
   1887年立憲改進党に入党し、1907年横須賀市会議員に当選し政治家の道へ。

小泉 純也(こいずみ じゅんや)  1904年1月24日生まれ  鹿児島県出身
   又次郎の女婿。
   衆議院議員、防衛庁長官を務めました。
   鹿児島実業の夜学を卒業後、旭硝子(現AGC)工場で働くなどしていましたが、
   代議士岩切重雄の書生となり、日本大学法学部政治学科の夜学に通わせてもらい、
   1930年に卒業後、岩切の紹介で立憲民政党の職員となります。その頃、又次郎の娘である
   芳江と出会い、又次郎の大反対を経て結婚。
   又次郎は、「純也が“代議士になれたら一緒になることを許す”」ということで結婚を認め
   たそうですが、1937年故郷の鹿児島県から第20回衆議院議員総選挙に立候補し、初当選し
   政界入りを果たしました。

小泉 純一郎(こいずみ じゅんいちろう )  1942年1月8日生まれ 
   純也の長男。
   衆議院議員(12期)、厚生大臣(第69・70・81代)、郵政大臣(第55代)、
   内閣総理大臣(第87・88・89代)、自由民主党総裁(第20代)、外務大臣(第12代)、
   農林水産大臣(第38代)を歴任。戦後唯一となる就任中独身だった総理大臣です。
   慶應義塾大学経済学部を卒業後、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン (U.C.L.) に留学。
   帰国後は福田赳夫の秘書を務め、1972年第33回衆議院議員総選挙で初当選しました。
   ロックバンド、X JAPANの大ファンというのは有名です。

小泉 進次郎 (こいずみ しんじろう)  1981年4月14日生まれ
   純一郎の二男。
   衆議院議員(4期)、環境大臣(第27・28代)、
   内閣府特命担当大臣(原子力防災担当)、内閣府大臣政務官兼復興大臣政務官、
   自民党青年局長、自民党農林部会長、自民党筆頭副幹事長、自民党厚生労働部会長などを
   歴任しています。
   関東学院大学経済学部経営学科を卒業後、コロンビア大学大学院に留学。
   その後、アメリカのロンドンタビストック人間関係研究所配下の戦略国際問題研究所非常
   勤研究員を経て、父・純一郎の私設秘書を務めます。
   2008年父・純一郎の政界引退表明を受け、2009年第45回衆議院議員総選挙に初当選。
   兄は俳優、タレントの小泉孝太郎。妻はフリーアナウンサーの滝川クリステル。

小泉 又次郎

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小泉 進次郎

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小坂善之助から小坂憲次

小坂善之助 → 小坂順造 → 小坂善太郎・小坂徳三郎 → 小坂憲次

小坂 善之助(こさか ぜんのすけ)  1853年7月15日生まれ 長野市出身  
   長野県会議員、衆議院議員。
   1878年故郷の里村山村の戸長に選ばれたことが、政治家の道に進むきっかけとなります。
   中央政界に活躍するかたわら、信濃銀行(現みずほ銀行)をおこし、長野電灯を創業、
   水力発電所をつくりました。
   また信濃毎日新聞の基礎を固めた人物でもあります。

小坂 順造(こさか じゅんぞう)  1881年3月30日生まれ
   善之助の長男。
   衆議院議員、拓務省政務次官、枢密顧問官と歴任。
   1904年東京高等商業学校(現一橋大学)卒業し、日本銀行、信濃銀行、長野電灯等で、
   勤め、1912年第11回総選挙に初当選し、政界へ。
   世田谷の住居は区指定有形文化財とされ、区立瀬田四丁目旧小坂緑地(旧小坂家住宅)
   として公開管理されています。

小坂 善太郎(こさか ぜんたろう)   1912年1月23日生まれ
   順造の長男。
   外務大臣、労働大臣、経済企画庁長官を歴任。
   東京商科大学(現在の一橋大学)を卒業後、三菱銀行勤務や信越化学工業直江津工場長、
   同社取締役を経て、1946年第22回衆議院議員総選挙に初当選し、政治家の道へ。
  
小坂 徳三郎(こさか とくさぶろう)  1916年1月20日生まれ
   順造の三男。  
   自由民主党の衆議院議員で、運輸大臣(53代)などを歴任。
   東京帝国大学経済学部を卒業後、朝日新聞社に入社。新聞記者として活動した後、
   1949年に小坂財閥に復帰しました。
   1969年第32回衆議院議員総選挙に初当選し、政界へ。

小坂 憲次(こさか けんじ)  1946年3月12日生まれ
   善太郎の息子。
   衆議院議員(6期)、参議院議員(1期)、文部科学大臣(第7代)、
   参議院憲法審査会会長(初代)、自民党参議院幹事長などを歴任。
   慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、日本航空に入社しましたが、1986年中曽根康弘
   秘書となります。1990年衆議院議員選挙にて初当選し、政治家の道へ。

2009年菅義偉選挙対策副委員長が、親の地盤を引き継ぐ世襲候補の立候補制限(子弟を後継に する場合には選挙区替えが必要)を公約に盛り込むよう提言しました。
2009年まで第1回衆議院議員総選挙で当選した衆議院議員の子孫で、かつ現職の衆議院議員だったのは、小坂憲次ただ1人でありました。

小坂 善之助

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小坂 憲次

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鳩山和夫から鳩山二郎

鳩山和夫 → 鳩山一郎・鳩山秀夫 → 鳩山威一郎 → 鳩山由紀夫・鳩山邦夫 → 鳩山二郎

鳩山 和夫(はとやま かずお)  1856年5月6日生まれ   東京都出身
   日本人第1号の法学者で、外務次官、衆議院議長を歴任し、教育でも専修学校(のちの
   専修大学)の設立に大きく貢献をした功労者です。
   また、東京専門学校(のちの早稲田大学)の校長なども務めました。
   父・鳩山十右衛門博房は勝山藩に仕えた家臣で、小川家に生まれるが後に鳩山嘉平治の
   養子となり鳩山家を継ぎます。
   和夫は、開成学校(のち東京大学)を卒業後、第1回留学生に選ばれ米国へ留学。
   コロンビア大学で法学士を取得、1880年にはイェール大学で法学博士号を取得しました。
   1882年東京府会議員に当選し、政治家へ。

鳩山 一郎(はとやま いちろう)  1883年1月1日生まれ
   和夫の長男。
   第52・53・54代内閣総理大臣。位階勲等は、正二位大勲位。
   55年体制が成立してから初の総理大臣を務めした。日本とソビエト連邦の国交回復を
   実現した人物です。
   東京帝国大学法科大学英法科卒後、父の弁護士事務所に勤めますが、1911年 父・和夫が
   没したため、1912年 父の補欠選挙で東京市会議員に初当選し政治家の道へ。

鳩山 秀夫(はとやま ひでお)   1884年2月7日生まれ
   和夫の二男。
   衆議院議員。
   兄・一郎より優秀とされ「賢弟愚兄」と評されたといいますが、兄は政治家の道へ、
   秀夫は法律家として身を立てます。
   1926年に東大を退官して弁護士を開業。1932年の第18回衆議院議員総選挙に当選し、
   1期のみ代議士を務めました。

鳩山 威一郎(はとやま いいちろう)  1918年11月11日生まれ 
   一郎の長男。
   元大蔵官僚、福田赳夫内閣の外務大臣など務めました。
   東京帝国大学法学部法律学科をトップで卒業後、大蔵省に入省。
   1942年ブリヂストン創業者石橋正二郎の長女石橋安子と結婚。
   1974年大蔵OBとして参議院全国区に立候補し初当選し、政治家の道へ。

鳩山 由紀夫(はとやま ゆきお)  1947年2月11日生まれ
   威一郎の長男。
   衆議院議員(8期)、内閣総理大臣(第93代)、内閣官房副長官(細川内閣)、
   新党さきがけ代表幹事(第2代)、旧民主党代表(初代)、同幹事長(初代)、
   民主党代表(第2・7代)、民主党幹事長(第7代)などを歴任しました。
   東京大学工学部計数工学科を卒業。
   1986年第38回衆議院議員総選挙で祖父の代からの地盤であった北海道旧4区 から出馬し、   
   初当選。

鳩山 邦夫(はとやま くにお)  1948年9月13日生まれ
   威一郎の二男。
   衆議院議員(13期)、行政管理政務次官(第2次中曽根内閣)、文部大臣(第116代)、
   労働大臣(第59代)、法務大臣(第78・79代)、総務大臣(第10代)、
   内閣府特命担当大臣(地方分権改革)〔麻生内閣〕、民主党副代表、
   裁判官訴追委員会委員長、地方創生に関する特別委員会委員博士、外務次官、
   衆議院議長を歴任。
   東京大学法学部第3類(政治コース)卒業後、同学部第2類(公法コース)に学士入学し
   卒業し、早くから政界入りを志望し、田中角栄の下を訪ねます。
   田中は「もし自分が首相になったら秘書にする。福田赳夫が首相になったら、
   福田に紹介する」と約束した上で、邦夫に見聞を広めるため海外への遊学を勧めました。
   邦夫は、田中の助言を受け、数ヶ月間アメリカに滞在した後、田中の秘書となりました。
   1976年の第34回衆議院議員総選挙に出馬し、初当選し政界入りを果たします。
   妻は、元タレントの高見エミリー。

鳩山 二郎(はとやま じろう )  1979年1月1日生まれ
   邦夫の二男。
   自由民主党所属の衆議院議員(2期)。元福岡県大川市長(第17代)。
   ザ・サウスポートスクールを卒業後、日本に帰国し杏林大学社会科学部を卒業。
   大学卒業後は、父・邦夫の私設秘書を務めました。
   2013年父・邦夫の選挙区である福岡6区に含まれる大川市の市長選挙に無所属で出馬し、     
   初当選し、史上最年少で大川市長に就任します。

鳩山 和夫

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鳩山 二郎

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元田肇から船田元

元田肇 → 船田中・船田享二・藤枝泉介 → 船田譲 → 船田元

元田 肇(もとだ はじめ)  1858年2月28日生まれ   大分県出身
   第25代衆議院議長、逓信大臣、鉄道大臣(初代)を歴任。
   中央大学創立者18人の内の一人です。
   医師・猪俣栄造の子として生まれますが、杵築藩の藩儒・元田直の養子となります。
   1880年東京大学法科を卒業後、弁護士となり、第1回衆議院議員総選挙に当選より政治
   家の道へ。

船田 中(ふなだ なか)   1895年4月24日生まれ   栃木県出身
   元田肇の五女の夫。
   衆議院議員(当選15回)、第51代・第56代衆議院議長、自由民主党副総裁を歴任。
   政治家一家として知られた「船田三兄弟」の長兄です。
   東京帝国大学法科大学英法科を卒業後、内務省に入省しました。その後、東京市助役、
   東京市長代理を経て、1930年第17回衆議院議員総選挙に当選し政治家へ。

船田 享二(ふなだ きょうじ)  1898年1月13日生まれ
   船田三兄弟の二男。
   衆議院議員(当選3回)、行政管理庁長官、賠償庁長官。
   兄・中(なか)と同じく東京帝国大学法学部英法科卒業。卒業後は京城帝国大学助教授、
   同大教授を経て、1946年兄・中の代理として地盤を引き継ぎ、第22回衆議院議員総選挙
   にて初当選。
   ローマ法を深く学んでおり、著書に「ローマ法入門」、「羅馬法」、「法思想史」、
   「法律思想史」などがあります。

藤枝 泉介(ふじえだ せんすけ)   1907年12月3日生まれ
   船田三兄弟の末弟。船田兵吾の三男として生まれるが、藤枝家の養子となる。
   内務官僚、衆議院議員、総理府総務長官、自治大臣、衆議院副議長などを歴任。
   やはり二人の兄と同様、東京帝国大学法学部英法科を卒業しました。
   卒業後、内務省に入省し、群馬県副知事を経て、1949年第24回衆議院議員総選挙に
   立候補し当選。

船田 譲(ふなだ ゆずる)  1923年6月13日生まれ
   船田中の長男。 
   栃木県知事、参議院議員、作新学院院長などを歴任。
   東京帝国大学農学部を卒業後は、船田家が創設した作新学院に入り、中等部長などを
   務めました。
   1965年参議院議員通常選挙に立候補し当選し、大蔵政務次官などに就きました。

船田 元(ふなだ はじめ)   1953年11月22日生まれ
   譲の息子。
   自由民主党所属の衆議院議員(12期)、自由民主党衆議院議員総会長、
   元経済企画庁長官(第46代)を歴任。
   慶應義塾大学経済学部卒業後、生家の船田家が創立した作新学院の副院長や総務部長を
   務めました。
   1979年、祖父・船田中の地盤を引き継ぎ、第35回衆議院議員総選挙に出馬し、初当選。
   当時25歳で、史上最年少での当選でした。
   また、1992年宮澤改造内閣で経済企画庁長官に任命され、戦後の日本史上最年少(当時)
   の39歳1ヶ月で初入閣しました。

元田 肇

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船田 中(ふなだ なか)

古屋善造から古屋圭司

古屋善造 → 古屋慶隆 → 古屋亨 → 古屋圭司

古屋 善造(ふるや ぜんぞう)  1849年8月6日生まれ   岐阜県出身
   衆議院議員。
   農業を営み、学区取締、恵那郡書記、岐阜県会議員、大井村長、大井町長を歴任。   
   明治時代の政治家で、大地主でした。

古屋 慶隆(ふるや よしたか)  1879年12月18日生まれ
   善造の長男。
   鉄道参与官、第2次若槻内閣の内務政務次官を務めました。
   明治大学法律科卒業後、大井町議会議員、所得税調査委員を経て、
   1915年第12回衆議院議員総選挙で初当選し、政治家の道へ。

古屋 亨(ふるや とおる)   1909年1月6日生まれ
   古屋慶隆の長男。
   衆議院議員、自治大臣兼国家公安委員会委員長。
   東京帝国大学法学部法律学科卒業、1934年同政治学科卒業後、内務省入省。
   1967年第31回衆議院議員総選挙初当選し、政治家の道へ。
   
古屋 圭司(ふるや けいじ)   1952年11月1日生まれ
   母方の伯父にあたる古屋亨の養子。血縁上では亨の甥。
   自由民主党所属の衆議院議員(10期)、国家公安委員会委員長、
   内閣府特命担当大臣(防災)、拉致問題担当大臣、
   国土強靭化担当大臣(第2次安倍内閣)、経済産業副大臣(第1次小泉内閣)、
   衆議院文部科学委員長・商工委員長・議院運営委員長、
   自由民主党選挙対策委員長(第4代)などを歴任。
   成蹊大学経済学部経済学科卒業後、大正海上火災保険(現:三井住友海上火災保険)へ
   入社しました。1984年に退社し、安倍晋太郎(当時外務大臣)の秘書となります。
   その後、1989年養父の古屋亨から地盤を譲り受けることが決まり、1990年第39回衆議院
   議員総選挙に初当選しました。

古屋 慶隆

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古屋 圭司

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堀内良平から堀内詔子

堀内良平 → 堀内一雄 → 堀内光雄 → 堀内詔子(光雄の息子の嫁)

堀内 良平(ほりうち りょうへい)  1870年12月24日生まれ  山梨県出身
   衆議院議員。
   名主・堀内藤右衛門(十三代目)の長男。
   「堀内家は甲斐源氏の祖である源清光にまで遡ると、清光の子、逸見光長の系譜が堀内
   を名乗るようになった」と言われています。

堀内 一雄(ほりうち かずお)
   良平の息子。
   衆議院議員(5期)、第1次岸改造内閣で建設政務次官に就任、衆議院外務委員長を歴任。
   軍人好きであった父・良平の影響を受け、陸軍士官学校(27期)・陸軍大学校(37期)を    
   卒業しました。1942年第21回衆議院議員総選挙で初当選し政治家の道へ。

堀内 光雄(ほりうち みつお)   1930年1月1日生まれ
   一雄の息子。
   元衆議院議員(10期)。労働大臣(第51代)、通商産業大臣(第62代)、
   自由民主党総務会長(第43代)を歴任しました。
   1976年第34回衆議院議員総選挙で初当選し、政治家の道へ。
   慶應義塾大学経済学部卒。学究肌の経営者として知られ、「生産性の測定と適正分配」
   他複数の著書があります。

堀内 詔子(ほりうち のりこ)  1965年10月28日生まれ   山梨県出身
   光雄の息子(堀内光一郎)の妻。
   衆議院議員(3期)、環境副大臣兼内閣府副大臣(菅義偉内閣)、
   元厚生労働大臣政務官(第3次安倍第2次改造内閣)。  
   学習院大学文学部卒業直後、小学校の先輩だった堀内光一郎と結婚しました。
   2012年自民党山梨県第二選挙区支部長に就任し、同年12月第46回衆議院議員総選挙出馬し
   比例南関東ブロックで復活し初当選しました。  

堀内 良平

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堀内 詔子

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武藤嘉門から武藤容治

武藤嘉門 → 武藤嘉一 → 武藤嘉文 → 武藤容治

武藤 嘉門(むとう かもん)  1870年10月27日生まれ  岐阜県出身
   元岐阜県知事・衆議院議員。

武藤 嘉一(むとう かいち)  1897年2月20日生まれ
   嘉門の長男。
   衆議院議員。
   慶大卒業後アメリカに留学し、帰国後は慶應義塾大学教授、菊川酒蔵社長、旭紡績社長
   などを歴任しました。
   1946年4月に戦後初の総選挙にて初当選し、政治家の道へ。

武藤 嘉文(むとう かぶん)  1926年11月18日生まれ
   嘉一の息子。
   自由民主党所属の衆議院議員、農林水産大臣(3代)、通商産業大臣(53代)、
   外務大臣(120代)、総務庁長官(19代)を歴任しました。
   京都大学法学部卒業後、ファミリー企業の武藤醸造(現菊川株式会社)に入社し、
   同社副社長を経て、1959年武藤本店社長に就任。
   1967年に第31回衆議院議員総選挙に当選し政治家の道へ。

武藤 容治(むとう ようじ)  1955年10月18日生まれ
   嘉文の二男。
   自由民主党所属の衆議院議員(4期)、自由民主党経済産業部会長、
   経済産業副大臣兼内閣府副大臣(第3次安倍第3次改造内閣・第4次安倍内閣)、
   外務副大臣(第3次安倍第1次改造内閣)、
   総務大臣政務官(第2次安倍改造内閣・第3次安倍内閣)、
   衆議院農林水産委員長などを歴任。
   慶應義塾大学商学部商学科卒業後、 富士写真フイルムに入社。その後 武藤嘉商事に
   入社等を経て、2005年9月衆議院議員初当選し、政治家の道へ。

武藤嘉門

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武藤容治

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森喜平から岡田直樹

森喜平 → 森茂喜 → 森喜朗 → 森祐喜 →  岡田直樹(姪の夫)

森 喜平(もり きへい)  1875年生まれ  石川県出身
   幼少時から俊才の誉れ高く、1917年推挙されてに根上村長に就任根上町の町長を28年間
   務めました。
   江戸時代、庄屋を務めた旧家に生まれますが、森家の養子となりました。
   森家は、江戸時代加賀藩の代々村の肝煎を務めるていました。

森 茂喜(もり しげき)  1910年3月27日生まれ
   森 喜平の息子。
   元軍人(陸軍中佐)。
   1947年に根上町議会議員選挙に出馬し初当選後、政治家の道へ。
   1953年に根上町長に無投票当選し、1985年まで9期連続無投票で当選しました。
   これは、自治体首長としての最多記録です。

森 喜朗(もり よしろう )  1937年7月14日生まれ
   森 茂喜の長男。
   衆議院議員(14期)、文部大臣(第105代)、通商産業大臣(第56代)、
   建設大臣(第62代)、内閣総理大臣(第85・86代)、自由民主党政務調査会長、
   自由民主党幹事長、自由民主党総務会長、自由民主党総裁(第19代)、
   東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長などを歴任。
   ラグビー部の推薦により早稲田大学へ入学するも過酷な練習に体を壊し退部しました。
   ですが、学業に切り替え、早稲田大学大学院在学中に雄弁会に入会し、政治家の道へ。

岡田 直樹(おかだ なおき )  1962年6月9日  石川県出身
   森喜朗の姪(弟の長女)の夫。
   自由民主党所属の参議院議員(3期)、内閣官房副長官(第4次安倍第2次改造内閣、
   菅義偉内閣)、参議院国土交通委員長、国土交通大臣政務官(福田康夫改造内閣)、
   財務副大臣(第3次安倍第1次改造内閣)、石川県議会議員(1期)、
   自由民主党参議院幹事長代行を歴任。
   実父が社長を勤めていた北國新聞社に入社しますが、2002年石川県議会議員補欠選挙
  (金沢市選挙区・自由民主党公認)初当選し政治家の道へ。

森 喜朗

森喜朗 - Wikipedia

岡田直樹

岡田直樹 - Wikipedia

野田卯太郎から松野頼久

野田卯太郎 → 松野鶴平 → 松野頼三 → 松野頼久

野田 卯太郎(のだ うたろう) 1853年12月21日生まれ 福岡出身
   衆議院議員、逓信大臣、商工大臣などを務めた。
   筑後国三池郡岩津村(現みやま市)の豪農の長男として生まれました。
   平民から大臣にまで昇った立身出世を体現するような人物として知られています。

松野 鶴平(まつの つるへい) 1883年12月22日生まれ 熊本県出身
   野田卯太郎の娘(タキノ)の夫。
   衆議院議員、鉄道大臣、参議院議長などを歴任しました。
   熊本県菊池郡城北村(現在の山鹿市)の中農の長男として生まれ、少年時代から酒造米の
   買付けを行うなど商売に優れていました。
   1904年日露戦争に伴う米の需要を見込んで精米所を開設し、日本郵船との取引で莫大な利
   益を上げるなど実業家として名を上げます。
   1908年に衆議院議員野田卯太郎の長女・タキノと結婚し、政治家となりました。
   
松野 頼三(まつの らいぞう)  1917年2月12日生まれ
   松野鶴平の三男。 
   総理府総務長官、労働大臣、防衛庁長官、農林大臣を歴任しました。
   吉田茂首相秘書官を経て、1947年第23回衆議院議員総選挙に出馬より政治家の道へ。

松野 頼久(まつの よりひさ )  1960年9月19日生まれ
   松野頼三の長男。
   衆議院議員(6期)、内閣官房副長官(鳩山由紀夫内閣)、
   日本維新の会副代表兼国会議員団代表兼国会対策委員長、
   同幹事長代行兼国会議員団幹事長、
   維新の党代表代行兼国会議員団会長兼選挙対策委員長、同幹事長、維新の党代表、
   衆議院科学技術・イノベーション推進特別委員長、民進党国会対策委員長を歴任。
   慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、日本新党に入党し政治家の道へ。

野田 卯太郎

野田卯太郎 - Wikipedia

松野 頼久

松野頼久 - Wikipedia

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