女優として輝かしい功績を残した佐久間良子さん
佐久間良子さんの経歴
そのため、佐久間良子さんは何不自由ない環境で育てられました。佐久間良子さんは長女で、三歳下の妹と六歳下の弟がいます。
終戦すると東京練馬区の生家に戻り、地元の公立小学校を経て、私立の川村中学校・高等学校に進学されました。高校在学中、川村学園の先輩にして東映で女優をしていた小宮光江さんに誘われ、東京撮影所で行なわれた運動会を訪れました。
ご本人は女優としての活動に乗り気だったため、一年限りの活動でいいと期間限定で家族からの了承を得るのでした。
その後、俳優座養成所で研修を受け、1958年、映画【美しき姉妹の物語・悶える早春』で端役として出演し、新人の佐久間良子さんは映画デビューを飾りました。
1960年には、鶴田浩二さんが東映に入社して初主演を務めた映画『砂漠を渡る太陽』で、鶴田浩二さんの相手役を演じました。その後も『湖畔の人』『人生劇場 飛車角』といった映画でもお二人は共演し、この頃から私生活でも鶴田浩二さんと佐久間涼子さんは熱愛関係にあると報じられて世間を賑わせました。
1960年代後半に入ると、東映はヤクザ路線とポルノ路線を押し進めるようになり、佐久間良子さんはトップ女優の座を藤純子さんに譲りました。その後、彼女の映画出演は激減し、東映と佐久間良子さんの距離は離れていきます。
舞台のほうでも、1993年には菊田一夫演劇大賞、1995年には文部省芸術大賞を受賞しており、女優として高い評価を獲得しています。
佐久間良子さんのご家族エピソード
平幹二朗さんとのご結婚
お二人の結婚生活は10年ほど続きましたが、1984年には離婚。夫婦間のぎこちなさは二人の子供にも悪影響を及ぼし、気がつくと、幼い息子・平岳大さんはストレスが原因でチック症を患い、娘さんも妙に明るく振舞い騒ぐようになったのだとか。
離婚後、佐久間良子さんは平幹二朗さんが同性愛者であることを暗に示すような発言もしており、ご家庭の雰囲気が普通ではなかったことが伺えます。
息子・平岳大さんについて
映画・テレビドラマなど、これまで出演してきた作品は多く、俳優としては中堅的な立場の存在といえるでしょう。妹は平朋子さんといい、平岳大さんのマネージャーとして彼の活動を支えているのだそうです。
2016年には一般女性との結婚を発表しており、お相手は妹・平朋子さんの小学生時代からの幼馴染みで親友というから驚かされます。
佐久間良子さんの主な出演作品
映画
『五番町夕霧楼』
内容&あらすじ
『わが闘争』
内容&あらすじ
moviewalker.jp
内容&あらすじ
neverending.school
テレビドラマ
内容&あらすじ
内容&あらすじ
内容&あらすじ
最近の佐久間良子さんの活動ぶり
2004年の大作舞台『鹿鳴館』では、元夫である平幹二朗さん、息子の平岳大さんとの共演を果たした佐久間良子さん。当時、彼女は平岳大さんが役者になることを反対したそうですが、平幹二朗さんの口添えによって、平岳大さんの俳優としての未来が開かれ、現在では平岳大さんを役者として高く評価しているみたい。
佐久間良子が元旦那・平幹二朗に伝えた最後の言葉とは? 息子・平岳大について語ったこととは
2016年に平幹二朗さんは亡くなっていますが、通夜に参加した佐久間良子さんは最後まで彼を尊敬していたようですね。
年齢的には80歳を超え、さすがの佐久間良子さんも現在は出演ペースを落としています。しかし、平岳大さんと同じ芸能事務所『ORPHe』に所属し、現在も女優としてマイペースに活動しているようです。
公式ホームページで出演・活動予定などは発信されていないようなので、少し残念ですが、地道に検索すれば彼女の予定を探し当てることもできるでしょう。
そんな彼女のこれからのご活躍を祈って、今回の記事を締め括りたいと思います。最後まで記事を読んで下さって、ありがとうございます。これからも気になる有名人を取り上げていきますので、また別の記事でお会いできたら嬉しいです。