エキゾチックさ漂う大女優・多岐川裕美さん
多岐川裕美さんのプロフィール
多岐川裕美さんの経歴
父親は会社員、母親は保険の外交員、裕福なご家庭に生まれた多岐川裕美さん。小さい頃は内向的で、同級生からイジメられることも多かったそうです。そのためなのか、中学・高校は私立の一貫校として有名な山脇学園に通っていました。
それ以降も、ヤクザ映画や純愛ものなど幅広いジャンルの映画に出演して、女優としてのキャリアを積んでいきます。1976年にはNHK放送の大河ドラマ『風と雲と虹と』に出演してからは、テレビドラマを中心とした活動にシフトしていきました。
この時期、人気絶頂期を迎えた多岐川裕美さん。数々のテレビ映画・テレビドラマでヒロインを演じ、多くの男性ファンの心を鷲掴みにしました。歌手としてレコードも発売しており、1980年に発表したカゴメのCMソング『酸っぱい経験』、1983年に発表した俳優・渡哲也さんとのデュエット『めぐり逢いしのび逢い』はどちらもヒット曲となりました。
1980年代後半からは女優業に収まらず、タレントとしてクイズ番組・トーク番組にも出演。天然ボケと豪快さを併せ持つキャラクター性は、多くの視聴者から愛されました。
離婚後も多岐川裕美さんはアクターズプロモーションに所属し、元夫・阿知波信介さんが亡くなる2007年まで在籍されていたそうです。
多岐川裕美さんにまつわるエピソード
『聖獣学園』で披露したヌード
しかし、その後は徹底してヌードを拒否した多岐川裕美さん。そのおかげで、経歴でもご紹介したようにテレビドラマを降板する事態にも発展しています。
女優として人気が絶頂期を迎えた1980年代には、彼女がヌードを披露している映画『聖獣学園』がメディアに取り上げられました。この時、女性週刊誌では多岐川裕美さんが監督に騙されてヌードになったと発言したと報じられ、『聖獣学園』の監督を務めた鈴木則文さんは事実に反すると猛反発し、名誉棄損と告訴も辞さない姿勢を見せています。
この騒動に便乗した東映は『聖獣学園』をニュープリントしてリバイバル公開。旧作ながらも話題性が追い風となり、興行成績は多岐川裕美さんの意思とは裏腹にヒットしました。
『鬼平犯科帳』の出演はミスキャスト?
すでにイメージができあがっていた久栄に対し、世間では多岐川裕美さんはミスキャストといった辛辣な意見も少なくなかったようです。たしかに名女優と呼ばれた先人たちに見劣りしない演技をするのは至難の業といえるでしょう。
しかし、多岐川裕美さんなりの久栄を確立し、結果的にはシリーズが終了する2016年まで出演されています。当テレビシリーズが長年に渡ってファンに愛された理由のひとつに、多岐川裕美さんの好演ぶりも挙げられるはずです。
病気など体調面での不安材料
いくつになっても、その美貌ぶりが衰えない多岐川裕美さん。まさに美魔女といえる存在ですが、年齢を重ねたことで体調に変化は訪れていたようです。