鈴木早智子 プロフィール
出生名 鈴木 早智子
別名 東 智子、Miyoko.A
生誕 1969年2月22日(50歳)
出身地 東京都
ジャンル ポップス、J-POP
職業 歌手、タレント、女優
担当楽器 ボーカル
活動期間 1988年 -
生立ち

鈴木さんは1969年2月に東京都目黒区で広告関係の仕事をする父親と専業主婦の母親のもとに3人兄弟の長女として誕生されました。(4歳下に弟、8歳下に妹)
幼稚園の年長組に上がる頃に埼玉県草加市へ転居、小学2年生の時から歌手に憧れていたと言います。
中学生の時にアニメソングのオーディションに合格するも辞退もされています。
1984年、東京都内の高校へ進学して間もなく歌手を目指して休学し、同年内に一時的に都内港区の青山に所在する芸能事務所に所属(オスカープロモーション1年半所属)。
1985年頃、高校を退学し、喫茶店や、建設会社の事務などのアルバイトの傍ら、都内港区の乃木坂にあった笠井幹男さんのボーカル・スクールで、レッスンを受けるようになったとか。
Wink時代

1987年、雑誌『UP TO BOY』主催のミス・アップ・コンテストで第7代グランプリとなり、1988年、同じくミス・アップ第9代グランプリである相田翔子さんと、アイドルデュオ・Winkを結成。
1988年4月27日のシングル「Sugar Baby Love」発売を以って歌手デビューを果しています。
「愛が止まらない 〜Turn it into love〜」や「淋しい熱帯魚」などのヒット曲により、この年の12月31日には、『第31回日本レコード大賞』での日本レコード大賞受賞や『第40回NHK紅白歌合戦』への出場を果たすなど、1989年にはスターダムに上りつめました。
しかし、その後時代の移り変わりと共に人気は失速し、1996年には「Wink」は活動停止に追い込まれまれています。
ただ、「Wink」は何度か一夜限りの復活をして代表曲を披露する機会に恵まれており、1998年、1999年、2008年、2018年に音楽番組『第50回思い出のメロディー』などに出演。
病臥
鈴木さんは、Wink時代の最初期から風邪などでダウンすることがあり、1989年の初頭に、「デビューしてからホント急に体が弱くなっちゃって……」と語ったことがあります。
1989年から翌1990年にかけての、「Wink」の最盛期で多忙を極めた時期には、以下のように病床に臥しています。
・1989年5月29日に、咽頭炎で生放送番組の『歌のトップテン』を欠場。
・1989年11月に腹痛に襲われ同月9日生放送の『音楽派Together』を欠場。
・翌12月にも腹痛でダウン。
・1990年の元日には、ストレス性の急性胃腸炎で倒れ、入院。
・同年1月8日に『歌のトップテン』を欠場。
・同年7月に急性肝炎で自宅療養を余儀なくされ同月4日生放送の『夜のヒットスタジオSUPER』や、15日放送の『スーパーJOCKEY』25日放送の『邦ちゃんのやまだかつてないテレビ』を欠場。
・同じ月の14日から開催されたコンサート・ツアー「Especially For You II」は、暫く相田翔子さんが一人で行なうことに・・・。
※今思えば、「Wink」が絶頂期の時、テレビを見ていて鈴木さんだけお休みなんて事、何度かありましたもんね。
まさかの1人Wink
名古屋でCBCテレビ「がんばれドラゴンズ祭」の収録、相田翔子ひとりで歌ってます。
お互いのパートを入れ替えても大丈夫?
もしかしてお互いのパートを入れ替えても、普通に歌えるのか?考えた方いないですか?
ありました過去に相田さんと鈴木さんがパートを入れ替えるという演出で「愛が止まらない」を歌っています。
全然違和感無いですよね。多分 WINKをあまり知らない世代だったら間違い探ししても気づかないレベルではないでしょうか。
失踪事件!
1989年3月23日に、「風邪」という名目で『ザ・ベストテン』を欠場しています。
これは、実際には、「Wink」が急激に売れたことによる、「殺人的なスケジュール」を伴った環境の激変に耐えかねて、失踪したものだったそうです。
当日の朝、「隣の部屋」の相田翔子さんに、「本当にごめんね」と書いた置手紙を残し、当時の茨城県鹿島郡大洋村にあった自家所有の山小屋に隠れ、翌日、失踪から戻ったといいます。
因みに、この失踪は、メディアに報じられることもなく、隠し通されていたそうです。
元Wink鈴木早智子「今だから語れる人気絶頂時の失踪事件」 - ライブドアニュース
喫煙

失踪から4日後、雑誌『UP TO BOY』のグラビア撮影のため1989年3月27日~30日にかけての4日間、グアムに滞在しています。この時に喫煙を覚えたそうです。
鈴木さんは、この時二十歳を過ぎていたので法的に問題はないのですが、
特に当時はアイドルが喫煙しているのはイメージダウン繋がるほどシビアなものでした。
だってアイドルは「うんこ」もしないぐらい言われてましたから💦W
当然、喫煙を止めるよう所属事務所の社長から叱責されつつも、マネージャーや懇意にしているスタイリストらの協力を得つつ、隠れて喫煙を続けたとかで、Wink時代に隠れて喫煙することに慣れてしまっていたため、人前で煙草を吸えるようになったのは30歳を過ぎてからである旨を後に鈴木さんは述べています。
ソロ歌手に転向

INNOCENT SKY~悲しみも届かないあの空の向こうへ~/鈴木早智子
「Wink」の活動休止後、鈴木さんはソロ歌手として活動しながらバラエティ番組にも登場し活躍の場を広げていきます。
ネバーランド在籍期1998年にはシングル「INNOCENT SKY〜悲しみも届かないあの空の向こうへ〜」をリリースします。
ただ売れたのも「Wink」ファンの一部の人だけで、いまいちの結果だったと言われていました。
またオレガ在籍期2003年12月零〜re-generation〜最初で最後のソロアルバムとなっいます。
不祥事
自殺未遂騒動?
2009年3月29日に鈴木早智子さんが睡眠薬の過剰摂取により救急搬送されたと報じられ、自殺未遂説が流れました。
鈴木さんは所属事務所を通じて直筆の署名によるFAXで、自殺未遂ではないことを説明するコメントを発表。
救急搬送されたWink鈴木早智子、原因は「貧血」と報道に困惑 | ORICON NEWS
AV堕ち?

鈴木早智子 September shock
2009年8月3日、「Wink」ファンには衝撃的なニュースが飛び込んできました!!
芸能人専門のAVメーカー「MUTEKI」は、鈴木さんが正式にセクシー女優デビューすることを発表したのです。
因みに、契約金5,000万円と言われておりました。
当の鈴木さんはAVへの出演の発表について、自身ブログで完全否定をしてAVではなく”セクシーDVD”であることを強調しました。(どこが違うんだろう・・・。)
AVではなくセクシーDVD「September Shock」は2009年9月1日に発売。
更にその後は”セクシーDVD”?を通り越して、裏モノにも出ていた噂が・・・。(有難うございました💦)
不倫騒動で芸能活動の自粛
Winkの鈴木早智子と不倫報道の津田英佑がブログで完全否定 | ORICON NEWS
2010年6月17日に発売された週刊誌「週刊文春」にて、鈴木さんは俳優で妻子持ちの津田英佑さんとの不倫を報じられています。
しか~し相手の津田さんは自身のブログで「記事にあるような事実は一切ございません」と不倫を否定し、「記事になった方は同じ事務所の先輩なので、勿論お世話になってます。
これからも良き先輩には変わりません」と鈴木さんは事務所の親しい先輩だと強調。
鈴木さんはこの不倫騒動で一旦、芸能活動の自粛に。
芸能活動を再開
鈴木さんは色々な事があり2011年から2012年、および、2013年から2015年まで一時休業していましたが、
2015年より芸能活動を再開されています。
また所属事務所も2019年より「TOffice」に移籍。
最後に・・・

Moonlight Serenade
いかがだったでしょうか?
ファンにとっては「Wink」再始動願っています。
また面白そうなネタがあったらまとめてみたいと思います。
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