その後この小林との縁で桑田佳祐&Mr.Children名義でのチャリティー活動や、小林と桜井和寿(Mr.Children)が中心となって活動するap bank fesへの出演など作品面以外での交友が続いている。
1995年に関口が長期の休養から復帰し、5月22日に35thシングル「マンピーのG★SPOT」で活動を再開。これ以降プロデュース名義は主にサザンオールスターズと表記されるようになった。直後に発売された36thシングル「あなただけを 〜Summer Heartbreak〜」はフジテレビの「月9」枠ドラマ「いつかまた逢える」の主題歌として起用されミリオンセラーとなる。
次の37thシングル「愛の言霊 〜Spiritual Message」でもミリオンセラーとなり、アルバム『Young Love』は過去最高のアルバム売り上げを記録した。
しかし1997年あたりからサザンのイメージである「夏」「爽やか」などの売れ線系路線の曲とは程遠いハードロック、プログレなどを意識した曲を多くリリースし、同年の年越しライブではマニアックな楽曲が中心となり、ライトファン離れが急激に加速していった。
1998年にはベスト・アルバムリリースブームの中、ベスト・アルバム『海のYeah!!』を発売し、大ヒットを記録した。しかしほぼ同時に発売したオリジナルアルバム『さくら』は暗い作風や上記のハードロック、プログレなどを意識した作品であったため、過去のアルバム3作連続で記録したミリオンを僅かに下回る結果となった。
「TSUNAMI」記録的ヒット、大森の独立
「TSUNAMI」の大ヒット
今作を機にサザンは長らく続いたセールス低迷から脱け出し、続く45thシングル「HOTEL PACIFIC」もヒットし、夏には桑田の地元である神奈川県茅ヶ崎市の地元住民の署名運動の結果、2日間の野外ライブ『茅ヶ崎ライブ ~あなただけの茅ヶ崎~』を行った。
46thシングル「この青い空、みどり 〜BLUE IN GREEN〜」とベストアルバム『バラッド3 〜the album of LOVE〜』が発売された直後に大森が休養を発表し、翌2001年には正式に独立を発表しメンバーから脱退した。その前後から桑田らは再びソロ活動を開始。桑田はシングル「波乗りジョニー」「白い恋人達」がそれぞれミリオンセラーを達成した。
25周年で活動再開、『KAMAKURA』以来の2枚組オリジナルアルバム
2003年、25周年で復活
30周年、そしてバンド活動無期限休止
2009年以降メンバー個々の自由な発想による音楽活動を展開するべく無期限休止に
35周年での活動再開
35周年で再度復活
 
     
     
            




