小室哲哉が作曲した楽曲の売上TOP10について
1990年代に日本の音楽シーンを席巻した小室哲哉さん。
今回はそんな小室哲哉さんの作曲した数多くの作品の中から、売上のTOP10をまとめてみました!
誰もが知ってる曲ばかりですが、色々なアーティストがランクインしているので、楽しんで頂けると思います。
それではさっそくランキングを確認していきましょ~(^^)/
 
  	TOP10 「Chase the Chance」 安室奈美恵
「Chase the Chance」は1995年12月にリリースされた安室奈美恵さんの4枚目のシングルです。
タイアップは日本テレビ土曜ドラマ「ザ・シェフ」の主題歌であり、安室奈美恵単独名義では初のドラマ主題歌への起用でした。
 
  	この曲まではMAX(当時のSUPER MONKEY'S)がバックダンサーとして参加していました。
前作「Body Feels EXIT」のリリースから僅か1か月でのリリースであり、超ハイペースであったにもかかわらず、初のオリコンシングルチャート1位を獲得しています。
安室奈美恵さんにとっても記念すべきシングルであったに違いありません。
飛ぶ鳥を落とす勢いであった安室奈美恵さんの初期の名曲ですね(^^)/
TOP9 「survival dAnce ~no no cry more~」 trf
「survival dAnce 〜no no cry more〜」は1994年5月にリリースされたtrfの6枚目のシングルです。
タイアップはフジテレビ系ドラマ「17才-at seventeen-」主題歌と、フジテレビ系バラエティ番組「グラビアトークオーディション」エンディングテーマでした。
 
  	trfが初めてシングルのミリオンヒットを達成したのがこの曲です。
PVを観ると、この当時のtrfのメンバーが、はちきれんばかりの若さで撮影に臨んでいるのがわかります。ほんと若さが弾けてますよね(^^)/
trfはこの曲から「Overnight Sensation 〜時代はあなたに委ねてる〜」まで5作連続のミリオンセラーを達成します。まさに破竹の勢いでした!
TOP8 「masquerade」 trf
「masquerade」は1995年2月にリリースされたtrfの9枚目のシングルです。
タイアップは三貴『カメリアダイヤモンド』のCMソングでした。
 
  	個人的にはtrfの楽曲の中で最もサビが素晴らしいと思う曲です。
この1995年のtrfの活躍は目を見張るものがあり、現在のavexの礎を築く程の貢献をしたと思います。素晴らしい活躍でしたよね(^^)/
ちなみに、このPVをよく見てみると、ダンサーの中にKABA.ちゃんが居るの判りますか?(笑) KABA.ちゃん頑張ってるなぁ・・・
TOP7 「Don’t wanna cry」 安室奈美恵
「Don't wanna cry」は1996年3月にリリースされた安室奈美恵さんの5枚目のシングルです。
タイアップは安室奈美恵さん自身が出演したダイドードリンコ「mistio」のCFイメージソングでした。
 
  	この曲はミーティングの中で安室奈美恵さんが「今までリズムの激しい曲が多かったから、次はバラードまでとは行かずとも、ミディアムテンポでブラックミュージックを歌ってみたい」と希望したことがきっかけとなって生まれました。
ミリオンセラーとなったこの曲は、第38回日本レコード大賞の大賞を、史上最年少記録(当時19歳)で初受賞となりました。まさに快挙でしたね(^^)/
ゆったりとしたリズムに安室奈美恵さんの心地よい歌声が乗り、聴いていてとても気分の良い曲だったと思います。
TOP6 「I’m proud」 華原朋美
「I'm Proud」は1996年3月にリリースされた華原朋美さんの3作目のシングルです。
タイアップはTBC「the レディ・エステティック」のCMソングでした。
 
  	華原朋美さん最大のヒット曲となった「I’m proud」。
この曲は特殊な音楽的技法を用いて作られた意欲的な作品でした。その為、小室哲哉さんにとっても思い入れの強い曲だと思います。
また、小室哲哉さんの楽曲はとてもキーの高い印象がありますが、この「I’m proud」その中でもかなり高い方ではないでしょうか?歌っている華原朋美さんも大変だったかもしれませんね~
文句無しで華原朋美さんの代表曲でしたね(^^)/
TOP5 「CRAZY GONNA CRAZY」 trf
「CRAZY GONNA CRAZY」は1995年1月にリリースされたtrfの8枚目のシングルです。
タイアップはフジテレビのドラマ「我慢できない!」の主題歌でした。
 
  	小室哲哉さんはこの曲を製作段階ではジャングル風の曲調にする予定だったそうです。
聴いて頂くと判るのですが、サビの終わりの部分で、このランキングのTOP8だった「masquerade」のメロディーが入ってくる箇所がありますね(^^)/
とびきり明るい曲で、聴いたこちらが元気なる、そんな曲だと思いました。trfで最も売れた曲なのも頷けます。
TOP4 「恋しさと せつなさと 心強さと」 篠原涼子 with t.komuro
「恋しさと せつなさと 心強さと」は1994年7月にリリースされた篠原涼子さんの4枚目のシングルです。
タイアップはアニメ映画「ストリート・ファイターII」の主題歌でした。
 
  	この曲は日本の女性ソロ歌手としては初めてCDシングル売上200万枚を突破し、ダブルミリオンを記録した作品となりました。
篠原涼子さんはこの曲で、1994年の『第36回日本レコード大賞』優秀賞、同年の『第27回日本有線大賞』有線音楽優秀賞、1995年の『第9回日本ゴールドディスク大賞』ベスト5・シングル賞を受賞しています。
小室哲哉さんが手掛け篠原涼子さんが歌った曲では、TOP10に入ってるのはこの曲だけですが、そうそうたる賞を受賞し、息の長いヒット曲となりました。
それにしても篠原涼子さんはスタイル抜群ですよね!今でもそうですが、いい女だなぁと惚れ惚れします(^^)/
また歌って欲しいですね。
TOP3 「WOW WAR TONIGHT ~時には起こせよムーヴメント」 H Jungle With t
「WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント」は1995年3月にリリースされたH Jungle with tのファーストシングルです。
タイアップはフジテレビ『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP』のテーマソングでした。
 
  	めちゃくちゃ流行りましたよねぇ~!
何処行っても流れていた記憶があります。確かにいい曲だったなぁという印象が残っています。
この曲には多くの批評があったのですが、印象的だったのは坂本龍一さんの「小室さんの曲の中でも素直な曲で、コード進行も自然だし、メロディーラインもストレート。浜田さんの『ドラマで泣かせる』部分が上手く反映されている」です。流石は教授だなぁと思う評価の仕方ですよね(^^)/
なんだか一過性のヒットで終わらせるには勿体ない様な曲だなぁと思いました。
TOP2 「DEPARTURES」 globe
「DEPARTURES」は1996年1月にリリースされたglobeの4枚目のシングルです。
タイアップはJR東日本「JR Ski Ski」CMソング及びプリンスホテル 「ski! prince! again!」CMソングでした。
 
  	globe最大のヒット曲であると同時に、小室哲哉さんの楽曲の中でもTOP2となったこの「DEPARTURES」
この名作は制作にあたってまずピアノだけでオケを作り、そこからパート別・全体のバックトラックを考えたそうです。
私が大学の時にリリースされ、当時スノーボードをやっていたのでよくスキー場に行ったのですが、もうこれでもかというくらいゲレンデで流れていました。
こんな名曲にはなかなか出会いないだろうなぁと、初めて聴いた時に思ったのを覚えています。
よくぞこれだけの名曲を製作出来たなぁと、ほとほと感服します。
TOP1 「CAN YOU CELEBRATE?」 安室奈美恵
「CAN YOU CELEBRATE?」は1997年2月にリリースされた安室奈美恵さんの9枚目のシングルです。
タイアップはフジテレビの月9ドラマ『バージンロード』の主題歌と、安室奈美恵さん自身が出演した日立マクセル「プラチナ&ゴールドMD」のCFイメージソングでした。
 
  	ダブルミリオンを売上げ、第39回日本レコード大賞の大賞や第11回日本ゴールドディスク大賞ソング・オブ・ザ・イヤー(邦楽部門大賞)などの受賞に輝いたこの曲が、小室哲哉さんが手がけた楽曲で最も売れた曲でした。
それは同時に安室奈美恵さんにとっても最も売れた曲となりました。加えて、エイベックスグループからリリースされた全曲の中でも、最も売れた曲でした。
この当時の結婚式では定番中の定番だったと思います。必ずと言ってよい程、選曲されていたのではないでしょうか。
安室奈美恵さんやファンにとっても、そして小室哲哉さんにとっても、かけがえのない特別な曲なんだと思います。
栄えあるTOP1に相応しい名曲でしたね(^^)/
小室哲哉が作曲した楽曲の売上TOP10を聴き直してみて
聴き直してみると、1995年を頂点として、その前後2年くらいに渡ってピークであったことが良く判ります。
この頃の小室哲哉さんは、きっと何をやっても上手くいく状況だったのではないでしょうか?飛ぶ鳥を落とす勢いとは、まさにこのことを言うのだと思います。
多くのアーティストを抱え、プロデュースに専念する中、もしかしたらプレッシャーよりも楽しいという感情の方が勝っていたのかもしれません。
引退する間際には色々な問題が取り沙汰されていました。確かに問題のあることもあったのだと思いますが、それは彼が世に残した作品まで否定されるものではないと私は考えています。
TMN、globe、アーティストのプロデュースと、とにかく時代を駆け抜けた方でした。
 
     
    




