明石昌夫さんプロフィール。
明石昌夫さん
音楽プロデューサー
1957年3月25日、兵庫県生まれ、音楽好きの一家に生まれ、4歳からバイオリンを習い始める。中学時代からレッド・ツェッペリン、クリーム、ジミ・ヘンドリックスなどに強く魅了され、中学3年でバンドを結成。
大阪大学工学部卒業。
今回の記事は、こちらの書籍を参考にさせていただきました。
「3人目のB'z」と呼ばれる。
明石昌夫さんは、B'zのデビュー曲「だからその手を離して」から初期のB'zの作品のほとんどのアレンジをしたことや、ツアーにも参加していることから、「3人目のB'z」とも呼ばれています。
明石昌夫さん自身は、B'zだけでなく、いわゆる「ビーイング」グループの数多くのアーティストのアレンジに参加し、ビーイング脱退後も、SIAM SHADEなど著名なアーティストの作品に参加するなど、活躍の場を広げ、現在は還暦を迎え、洗足学園音楽大学で教鞭を執っています。

明石昌夫さん(洗足学園音楽大学ホームページより。)
明石 昌夫| 指導陣紹介 | 大学案内 | 洗足学園音楽大学
還暦にしてこの風貌。カッコイイ!!。
明石昌夫さんの著書
こんな風貌の明石さんですが、著書「音楽を作る売る そこが知りたかった!ギョーカイの掟83」という本を2003年に上梓し、優しい言葉で、音楽の仕事に携わるにはどうすればいいのかを書いてくれています。
その中から、「掟」をいくつかご紹介します。
「音楽に携わる仕事に必要なものはどういうものですか。」
明石さんは、「音楽に対する愛情です。」と述べています。
これさえあればいいということです。
ただ、「音楽が趣味なんだ」レベルとは違う次元の愛情のようです。
しかし逆にこうも述べています。
音楽を愛している人なら、どんな困難な問題が生じても、必ず答えを見つけることができるはずです。逆に言えば、音楽以外にもやりたいこともあるし・・・・・・という人には、ちょっとつらすぎる業界ですね。
音楽を作る売るーそこが知りたかった!ギョーカイの掟83 明石昌夫著 11ページより。
明石さんは続いて、「音楽業界の規模は、全国のお豆腐屋さんと同じ規模だという説もあります。そんな小さな業界に、やりたい人がひしめき合っているので、非常に厳しい業界である」ことを教えてくれています。
そして、「やりたい人がいっぱいいるということは、それだけ音楽というものが魅力的だということです。」と言っています。
「東京に出ないと音楽の仕事はできませんか。」

音楽業界は花形の仕事。やはり大都会に出ないと無理?
東京タワー TokyoTower
明石さん自身が東京出身ではないので、リアリティーのある質問ですね。
これに対しては、普通の活動は地方都市でも問題なくできる、と回答されています。
しかし、いくら音楽がいいものを作っても、それをプロモーションできる人に出会えないと、その作品は日の目を見ません。
そこへいくと、やはり東京にいたほうが、いろいろな人に出会う機会も増えるし、また、メジャーなアーティストのバックバンドなどで全国ツアーともなると、東京にいるスタッフがそのまま移動して全国を廻るので、東京に拠点を構えた方が便利、と言っています。
また、東京には、地方では考えられないくらいパワフルな人がたまにいる、と、おもしろいことを述べています。
東京の人全体がパワフルなのではなく、一人とび抜けてパワフルな人がいたりするところが、東京の魅力だ、と言っていますね。
「デモテープで売り込むにはどうすればいいですか。」
デモテープの売り込みの天才は、以前こちらで記事を書きましたので、よろしかったらご覧ください。
【”非”音楽少年だった】バラードの天才【徳永英明さん】その1 - Middle Edge(ミドルエッジ)
これに対しては、明石さんは、「聞き手の立場に立つことが大事」と述べています。
たくさんのデモテープ聞きのリクエストを受ける音楽業界の人に対して、インパクトを与えないものは即ボツ!になってしまいます。
まずは、「イントロを短くする」ことだそうです。
歌のメロディの良し悪しを判断するためのデモテープなので、忙しい業界人は、早く歌が出てきてほしいとのこと。
また、自分の歌声だけが入っているものが非常に多いそうですが、歌声だけではいいのか悪いのか、わからないそうです。
「カラオケボックスで歌っているのを録音する」くらいの手間をかけて欲しい、と言っていますね。「歌声だけのがホントに多いんですよ・・・」と、明石さんもぼやいています。
明石さんがこの本を書いた当時は、youtubeなど動画投稿サイトが存在していなかったので、このような書き方になっているのですが、今だったらyoutubeで一発でアップできますね。
便利な時代になったものですが、その分さらにハードルが上がっているのかもしれませんね。
明石さんがB'zで担当していたのは「ベース」。
B'zのメインはもちろんボーカルの稲葉さんであり、ギターの松本さんですが、作品としての楽曲は、アレンジなしには成り立たないと思います。
また、曲を支える「ベーシスト」としての明石さんの役割もあります。
初期のB'zを支えた明石さんがいたからこそ、B'zは日本を代表するスターミュージシャンになれたのだと思います。
現に、明石さんがビーイングを脱退した後、B'zの曲が「勢いが少し下がった」というファンもいるくらいです。
次回は、「印税をもらうってどういうこと?」という「ギョーカイ」について。
次回は、「印税」について明石さんがお話していることをご紹介したいと思います。
なかなか音楽業界でこれを話してくれる人、いませんよね。
乞うご期待!!