「その1」もぜひご覧ください。
【”非”音楽少年だった】バラードの天才【徳永英明さん】その1 - Middle Edge(ミドルエッジ)
所属事務所を独立して発表した「壊れかけのradio」が大ヒット。
1990年の年間23位にランクインする大ヒットとなりました。セールスはスポニチによると33万枚となっています。
【1990年7月】壊れかけのRadio/徳永英明 別れから生まれたヒット曲― スポニチ Sponichi Annex 芸能
喉の病気に見舞われる。

声帯ポリープで入院。
徳永英明 5 - YouTube

続く喉の病で会話もできなくなる。
徳永英明 5 - YouTube
徳永さんのライブの映像を見ると、腰を折り曲げて力の限りの熱唱をしていましたので、おそらく喉に無理がかかってしまったのでしょう。喉の病気により入院を余儀なくされます。
1度目の歌手活動休止。
喉の病は治ったものの、徳永さんの声が変わってしまいます。
そのため、1度目の歌手活動休止となってしまいます。
歌手にとって命である「声」が変わってしまうとは、どんな気持ちだったのでしょうか。
「ネガティブに考えない」。
喉を壊して声が変わってしまった徳永さんですが、このように語っています。
新しい声に慣れるまで1年間かかり、その間は休業していたのですが、
「ネガティブには考えなかった。声が壊れて、新しい声になる。新しい声でまた音楽活動を再開していこう」と、「楽しみ」に考えたと語っています。
ここが凡人と非凡な人との違いなのでしょうか。
結婚のキッカケも並ではない。

声で結婚。
徳永英明 5 - YouTube
結婚のキッカケは、「電話の声で「一声ボレ」」だったそうです。
お相手はお友達のお友達で、顔は見たことがあったのですが、電話をはじめてした時に、「この人と結婚するんだろうな」と直感がはたらき、最初の電話で、「結婚しない?」と言ったそうです。
結構大事なことを、「直感」「予感」で決めるタイプの方のようです。
ただし、「その分失敗も多かった」とも語っています(もちろん結婚のこと以外で)。
2度目の病にかかる。「もやもや病」。

もやもや病の写真。
徳永英明 ⑥ - YouTube
「もやもや病」という名前だけ聞くと、精神的な病気で心がもやもやするのかと当時勝手に思っていたのですが、実際は、脳の病気で、細い血管がたくさんのびて、その様子を写真に撮ると、あたかもたばこの煙がもやもや立ち上るように見えることから付けられた名前とのことです。
難病情報センター | もやもや病(指定難病22)
1年半の休養ののち、復帰。

復帰会見を開く。
徳永英明 ⑥ - YouTube
歌手が休養して再び人前で歌を披露するためには、おそらく過酷なボイストレーニングなどもあったのではないかと思います。
この会見では、「ようやく歌えるという実感がある。」「新しい自分の人生が始まるのかなという心境です。」と徳永さんは話していました。
「不謹慎かもしれないが、これも宣伝材料にしよう。」というタフな精神。
病を患っている他の患者さんには不謹慎かもしれませんが、徳永さんは、この難病にかかったことさえも、「これを宣伝材料にしよう」と思ったそうです。
幸いにして症状の程度が軽かったというのもあるようですが、「つらい」と後ろ向きに考えるか、「レア物として宣伝材料にしよう」と考えるかは、その人にゆだねられているということがよくわかります。
完全復帰と新たな魅力を載せたアルバム「VOCALIST」。

VOCALIST発売。
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「VOCALIST」は、これまでシンガーソングライターとして自分で作ることにこだわってきた徳永さんが、病を経て自分の声が「楽器だ」ということに気づき、その声の特質を生かして、他人の、しかも女性歌手の歌をカバーするという新境地を作り出した、画期的なアルバムです。
私がVOCALISTシリーズで一番好きなのがこの曲。
中島美嘉さんの「雪の華」もすごく好きなのですが、それを徳永さんの美声がカバーしているこの曲も、すごく心にしみ込みます。
新譜も出ます!(2017年7月19日リリース)。

新譜「BATON」
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新譜も近々リリースする徳永英明さん。
これからのご活躍も楽しみな方です。
また、いろいろな「ネガティブな」ことも、ポジティブにとらえるその思考も、見習いたい方でもあります。