壮絶! 大西秀明 生まれながらのお笑いモンスター

壮絶! 大西秀明 生まれながらのお笑いモンスター

優しすぎて純粋すぎて、そして面白すぎるジミー大西。そのケタハズレのエピソードと天然ボケにはどんな芸人もかなわない。人々に爆笑と癒しを与える最強のお笑い芸人である。


ジミー大西。
1964年1月1日、大阪生まれ。
本名、大西秀明。
ヒデアキは、1月1日生まれという豊臣秀吉の「秀」と明けましておめでとうの「明」を組み合わされて命名された。
「僕んとこの家ね、ロングハウス(長屋)やったんです」
という家は、西に大阪市、東に奈良に隣接している八尾市にあった。
大阪府八尾市は、橋下徹、豊川悦司、桑田真澄、中村あゆみ、天童よしみ、清水翔太、河内家菊水丸らの出身地でもある。
大西の父親はお酒が大好きな長距離トラック運転手。
座右の銘は
「女は車で落とせ」
休みの日、
「京都 連れてったるわ」
といわれ、2人の息子を連れて自分の会社にへ移動。
「これ乗っとけ」
といったのは会社にあった京都観光のバス。
大西と2歳上の兄がその中に入ると、女の人がやってきて父親とどこかに行ってしまった。
2人は動かないバスの中で待機したが昼になっても父親は帰ってこない。
ひたすら待って、夜になってやっと帰ってきた父親に
「さぁ家 帰ろうか」
といわれた。
「えっ 京都は?」
「これ京都いった車や」
その後、家に帰ったが大西には
「あの女の人は誰や?」
という謎がずっと残った。

「小学校2年まで喋れへんかったんです。
だから言葉の記憶っていうのがホントに僕の中ではないんです」
という大西は、人と話さないので友達もおらず、1人で空想して1人で遊ぶ少年で、頭にカナブンを乗せれば飛べるはずと思い、屋根から飛んでケガしたり、イスを神輿にして担いで遊ぶ「1人神輿」をしたりしていた。
「水がバ~流れてるとこ(側溝)、あるじゃないですか
あれをカチャカチャカチャカチャって、音鳴らして電車ごっこしてたんです」
と謎の遊びに興じることもあった大西は、あるとき家から徳用マッチを持ち出し、納屋で1本1本火をつけて火遊びをしていた。
「同じ色でも全部、色も形が違う」
とウットリと見とれていたが、落としたマッチが枯れ草に引火し、アッという間に燃え広がった。
脱出した大西は、物陰から、大人が消火作業するのをみていた。
「火つけたん誰や。
見つけて火あぶりにたる」
消火作業をしていた人がいうのを聞いていたが、結局、自分の仕業であることがバレて
「火あぶりのほうがマシ」
と思うほど厳しく叱られた。
また一時期、バキュームカーが大好きだった。
「バキュームカーの人になりたかってん。
ガ~ 来て、吸うて、シャ~いうて、ほんでシュ~いうて、ポ~ンっていう、その音が。
最後ね。
最後、ポ~ンっていう音がハマってもうて」

小学校3年生のとき、喋れない上、成績もクラスで最下位の大西は、みんなにからわれていた。
しかしマキちゃんだけは味方だった。
数人に囲まれ小突き回され、身を縮めていると、マキちゃんが
「アンタらなにやってんの」
といって助け、濡らしたハンカチを顔に当ててくれた。
マキちゃんは、みんなの輪に入れないし、入ろうともしない大西の手を引っ張って、花いちもんめの中に入れた。
花いちもんめは、2組にわかれ、横一列に手をつないでジャンケンで勝った組から歌い始める。
「♪勝ってうれしい花いちもんめ♪」
と3歩進んで足を上げ、3歩後ろに戻る。
『♪負けてくやしい花いちもんめ♪』
負けた組も前に3歩進んで足を上げ、3歩後ろに戻る。
「♪となりのおばさんちょいときいておくれ♪」
『♪オニがこわくていかれない♪』
「♪おかまかぶってちょいときいておくれ♪」
『♪おかま底ぬけいかれない♪』
「♪ふとんかぶってちょいときいておくれ♪」
『♪ふとんビリビリいかれない♪』
「♪それはよかよか どの子がほしい♪」
『♪あの子がほしい♪』
「♪あの子じゃわからん♪」
『♪この子がほしい♪』
「♪この子じゃわからん♪」
『♪丸くなってそうだんしよう』
「♪そうしよう」
お互い組で相談した後、
「♪花いちもんめ、・・・ちゃんがほしい」
『♪花いちもんめ、・・・君がほしい』
相手の組の中から欲しい人を決めて指名。
指名された2人でジャンケンをして負けた人は相手の組に入る。
これを最後の1人が負けるまで続ける。
大西は、指名されず最後まで残り
「花いちもんめ、マキちゃんが欲しい」
といったが
『花いちもんめ、大西君はいらない』
とみんなにいわれ終了。
マキちゃんは、その後、大西の国語のノートに書いた。
「花いちもんめ、大西君が欲しい」

大西はお返しに屋上の床にチョークでマキちゃんの好きなリンドウの花を描いた。
リンドウは本来の紫色だが、赤や青のリンドウも描いた。
それをマキちゃんにみせ、その笑顔にみて
(・・・す、好き)
と思った。
その後、
「自分の心が、どんどん どんどん、もう好き 好き 好き 好きってなってもうて・・・・」
という大西は、もうたまらなくなってしまい
「マキさん、好き」
といってしまった。
「何ていうた?」
「もう1回いうてみ」
周囲にいわれ、
「マキさん、好き」
というと
「うわ~」
「大西がしゃべった」
「しゃべった しゃべった」
と教室は大騒ぎになった。
大西は、しゃべられなかった理由を
「引っ込み思案は引っ込み思案なんですけど、大っきい石が乗ってるような感じ」
と表現しているが、このときその石はなくなった。
こうしてマキちゃんに告白した後、マキちゃん以外の同級生にも心を開くようになった。
夏休みに入ると会えないのがガマンできずにマキちゃんの家を訪ねた。
しかしいつも誰もおらず家の前で待っていた。
毎日のようにマキちゃんの家に通っていたが、ある日、いつものように呼び鈴を鳴らすと母親が出てきて
「ごめんね、マキは今、田舎に帰ってるの」
といわれた。

そして夏休みが終わって、明日は待ちに待った新学期。
「マキちゃんに会える」
と大西の気持ちは昂ぶり、母親の化粧水を服につけて登校した。
しかし、いつまでたってもマキちゃんは学校に来なかった。
翌日も化粧水をつけて登校したが、マキちゃんは来ない。
9月16日、朝礼の時間に担任の先生が
「実は悲しいお知らせがあります。
昨日、マキさんは病気のためお亡くなりになりました」
と告げた。
「あまりにも衝撃的過ぎましたね。
亡くなったっていうのは、ホントに逢えないっていうのは、これほどないくらい衝撃でした。
僕にとっては人が死ぬとか、生きる死ぬっていう意味がわからないんですよね。
最初は、あぁ転校するのかぁとか、そういう感覚でした。
死ぬという実感がまったくなくて」
大西はもう逢えないなんて信じられなかったが、マキちゃんの机の上に花が置かれるとようやく彼女の死を実感。
誰よりも早く教室に行き、花の水をかえ、それをみんなに知られないように家に戻りみんなと一緒に登校。
公園などできれいな花を見つけると、机の上の瓶に活け、
「花が増えてる」
とクラスで噂になった。
クリスマスイブの日、大西は担任の先生に呼び出された。
「2学期で、机の上に花をかざるのはやめて、席替えをしようと思ってるの。
いい?大西くん」
2学期の最後、席替えがあって、大西は偶然、マキちゃんの席になった。
机の中には1枚のハンカチが残っていて宝物にした。


大西は、勉強は苦手だったが運動は得意で、4年下に桑田真澄(PL学園、巨人、ピッツバーグ・パイレーツ)がいる強豪少年野球チーム「八尾フレンド」に所属。
八尾市立成法中学でも野球部で活躍した。
14歳のときに顔が急に変わり、かわいらしさが削げ落ち、ついたあだ名が
「ガッツ石松が試合に負けたときの顔」
だった。
勉強はまったくできず、テストの点数は5教科合わせて10点とれるかとれないかだったが、野球部の遠征で船で鹿児島を訪れたとき、将来の夢を「船乗りさん」に決めた。
「1泊するじゃないですか。
で、あの港から離れていくのにすっごく、もう感動して。
汽笛の ポ~ ポ~っていうのが。
俺は、絶対、船乗りになりたいと思って。
ほんで 学校の先生にいうたら商船学校は国立なんで、地球がひっくり返ってもいけませんっていわれたんです」
結局、大西はスポーツ推薦で強豪の大商大堺(大阪商業大学堺高校)に進学した。

野球ではよくブロックサインが用いられる。
例えば、

・鼻:キー
・耳:バント
・口:ヒットエンドラン

と決めておき、

・鼻をさわってから耳をさわれば「バント」
・鼻をさわってから口をさわれば「ヒットエンドラン」
・鼻を触らずに耳や口をさわってもノーサイン(サインなし)

となるが、実際は

・帽子、鼻、耳、胸とさわって「バント」
・耳、口、鼻、口とさわって「ヒットエンドラン」
・帽子、口、耳、帽子とさわってノーサイン

など複雑に動く。

これだけでも覚えるのが大変なのに大阪商業大学堺高校高校野球部では

・ベルトを触ったらプラス1
・肩を触ったらマイナス1

など足したり引いたり、計算が入った。
大西はバッターボックスでサインをみてわからない頭をかきむしり、グラウンドに書いて計算し始め、それでもわからずまた頭をかきむしった。
「代打で出してもらったんです。
ノーアウト ランナー1塁で。
打つとこのサイン難しかったんです。
足し算 引き算が入るんです。
ここは例えば、5 4 3 2 1って。
…で 足し算 引き算あるんです。
ほんで 2がバント 1が盗塁っていうふうにやるんです。
ほんで ランナー1塁 出てて、監督が こう出したんです。
ほんなら 「あれ?何で? マイナス3ってあったっけ?」
なかったよな なかったよな思って、頭テンパって。
ほんで もう1回、サイン出してくださいって。
ここ ベルト触るともう1回 サイン お願いしますと。
次こそ間違うたらアカン 思って
見ながら こうやって
書いて行ったんです。
5…、地面に。
-3って書いたら 監督が「タイム」
待て待て待て待て、何してくれん 。
相手に分かってまうやんけって。
向こうも、もう大爆笑してもうて
アホやわ、アホやわっていうて」

こうして1年の夏以後、選手として試合に出ることはなくなり、雑用やマネージャを行うようになった。
120人いた新入部員が半年で40人に減るという超ハードな野球部で
「選手のときはピッチャー以外、一通りポジションを経験しました。
ただマネージャーになってからもやめず、3年間、野球は続けました」
という大西だが、周囲のスポーツエリートたちのイジりはウルトラハードだった。
裸踊りをさせられたり、裸で冬に池に放り込まれた。
電話ボックスに押し込まれ、学校に
「爆弾を仕掛けた」
とイタズラ電話をかけさせられたときは
「おう、大西、はよ学校来い」
といわれ、
「はい」
と答えてしまい、タップリ怒られらた。
津久野駅で
「次に来る快速電車に乗りたいから何とかして停めろ」
と裸で線路に突き落とされ、電車が緊急停車。
駅員に捕まり、学校は停学処分となった上、両親は賠償金、数百万円を請求され借金して支払った。
大西は、これ以外に2度、合計3回停学になった。
それは

・理科の授業中、ピンセットをコンセントに突っ込んで、ピンセットが半分溶け、手をヤケド
・文化祭で「ビックリ人間」として校舎2階から傘を持って飛び降りた

大西は文化祭や体育祭で必ず何かをやり、女子高の文化祭にも飛び入り参加した。
友人とよくポルノ映画を観にいって、1番前の席に座って誰が1番先に「発射」するか競った。

1982年、吉本総合芸能学院「ニュースタークリエーション」、通称「NSC」が開校することになり、前年9月に第1期生の募集があり大西は応募。
選考方法は、1次選考が書類選考、2次選考が面接。
合格定員70名に240名が応募。
大西は170名の不合格者の中の1人となった。
「新喜劇が好きやったんですよ。
岡八郎のケツかいて、におい嗅いで「くっさ~ えげつな~」いうのに、もう腹 抱えて笑うてもうたんですよ。
ほんで学校の先生に進路相談で吉本に入りたいって書くんです」
その学校の先生が吉本にツテがあり、あきらめ切れない大西は喫茶店で直接面接を受けることになった。
吉本の部長は差し出された高校時代の通信簿をみた。
体育と美術が2で、それ以外は1。
「大西君、お笑い好きか?」
「好きです」
クリームソーダのストローに息を吹き込み、ブクブクさせて遊んでいた学生服の大西は、ニカニカしながらギャグマンガ「嗚呼!!花の応援団」を差し出した。
「マンガ家の弟子になったらエエやん!」

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